神戸女子大学・坂元美子先生による「Z世代におくるスポーツ栄養講座」。第9回は女子選手の三主徴(Female Athlete Triad:FAT)の一つ、「利用可能エネルギー不足」がテーマ。

女子選手が抱える健康上のリスクは、利用可能エネルギー不足が根源とも考えられている。生理現象が異常をきたし、心身のストレスからさまざまな症状がひき起こされる。今回は、利用可能エネルギー不足に伴う心理的疲労について解説する。

Z世代:欧米で10~20歳を指す言葉として使われている。スポトリでは「成長世代」と同義と捉えて使用する。

動画は、図表を交えながらの解説になります。

利用可能エネルギー不足とは?

FATが最初に提言された時は、「摂食障害」「月経障害」「骨障害」でしたが、2007年に「摂食障害」の部分が「摂食障害の有無にかかわらない利用可能エネルギー不足(low energy availability)」に変更されました。

利用可能エネルギーとは、食事から摂取するエネルギー量から、運動によって消費されるエネルギー量を差し引いた、「基礎代謝や日常生活に必要なエネルギー量」のことをいいます。

特に、成長著しいZ世代のスポーツ選手は基礎代謝が重要で、成長に必要なエネルギーをしっかり確保することが理想的な体を作るための要素となります。

利用可能なエネルギーが不足している状態が続くと、特に女子選手は「女性ホルモンの分泌低下・異常」によって、「月経障害」「骨代謝異常(疲労骨折)」「心理的疲労(摂食障害・オーバートレーニング症候群)」に陥る可能性が高くなってきます。

ですから、利用可能エネルギー不足はFATの根源ともいっても過言ではなく、常に気を配っておかなければなりません。今回は、利用可能エネルギー不足からくる心理的疲労について説明していきます。

スポーツで受けるストレスが「摂食障害」にもつながるリスク

摂食障害は、ストレスを原因とする心身症の一つと考えられており、食事がとれなくなってしまう「神経性食欲不振症(拒食症)」と、食べずにいられなくなってしまう「過食症」があります。

ストレスを適切に処理する能力が未熟な思春期によくみられる症状で、さまざまなケースが想定されます。女子に多いものですが、男子でも成人になってからでも十分に起こる得ることを覚えておきましょう。

トレーニング理論や方法の進歩によって、小さいころから専門的なトレーニングを行ったり、体力に見合わない練習をするといったケースも見受けられます。

このような状態が続いていると、自分でも気づかないうちにストレスがたまり、症状が出ることがあります。こうした摂食障害の低年齢化は新たな問題として憂慮されます。

そして、体重制限を余儀なくされる競技を頑張っている女子選手は要注意です。長期間減量をしなければならない、体重を維持しなければならないプレッシャーやストレスが「食」に向かうことで、発症のリスクが高まります。

また、ケガでトレーニングができない間に仲間やライバルに差をつけられるのではないかという不安、気が置けない指導者が交代することの不安も原因として挙げられます。

拒食症と過食症の症状として、前者は「体が食べ物を受けつけない」、もしくは「食べたいのに食べ物がのどを通らない」などに対して、後者は、食べることはできても、食べてしまった罪悪感から結局、下剤を使ったり吐いたりして体外に排出してしまいます。

いずれにしても、必要なエネルギーや栄養素が足りなくなるので、身体に異常をきたします。この状態でトレーニングや練習を続けると、体重が減っていくのはもちろん、疲労の回復が遅れたり、疲れやすくなったりします。

栄養不足によって、免疫力が低下して病気になりやすくなったり、骨の代謝異常による疲労骨折などケガにもつながりやすくなったりします。

生理的な症状としては、徐脈、低血圧、低体温、月経障害、貧血といった症状もみられるようになります。これらはまさにエネルギー不足の弊害で、体の防御反応で自然と基礎代謝を落としてしまいますから、根本的な改善なくしては日常生活も困難な状態になります。

摂食障害が疑われる場合は速やかに心療内科へ

拒食症が疑われる人は、こんにゃくや海藻類などエネルギーが低い物しか食べないといった特徴があります。一方、過食症が疑われる人は、食事はするものの、吐くためにトイレにこもってしまってなかなか出てこないといった行動がみられます。

実際に、自分、もしくはチームの誰かに疑わしい症状が出た場合は、速やかに心療内科医にゆだねてください。Z世代の指導をする中で、私たちスポーツ栄養の専門家は食べ方の指導はできます。

しかし、摂食障害は「心の病気」が原因なので、食べ方以前に病の元を断つことが優先されます。そして、それが何よりも重要になってきます。

摂食障害は自分では気づかないこともあるので、指導者、チームメイト、家族など、周囲の理解・協力も欠かせません。行動に少しでも異常な点がみられたら、心療内科医に一緒に行ってあげることも解決の糸口になるかもしれません。

自分を追い込んでしまう「オーバートレーニング症候群」

利用可能エネルギー不足が長く続くことによってひき起こされるのが「オーバートレーニング症候群」です。別名「ステルネス症候群」と呼ばれ、継続的にストレスを受けている状態をいいます。

他者(主に指導者)による激しい叱咤・激励、身の丈に合わない指導を受けるケースと、自分自身を必要以上に追い込んでしまうケースがあります。

キャプテンを任されるようなまじめな性格の選手、責任感の強い選手、向上心の高い選手などは注意した方がいいでしょう。

オーバートレーニング症候群は摂食障害と同様に、体重制限を余儀なくされる競技の選手によくみられる症状ですが、減量のために摂取エネルギー量を減らしてしまうことは体と心の成長に悪影響を及ぼします。

成長期の選手はトレーニング量も多いので、必ず消費したエネルギー、栄養をしっかり食事で補充し、常に利用可能エネルギーが不足しないように保つことが何よりも大切です。

坂元 美子(神戸女子大学) 文・構成:編集部

神戸女子大学卒業後、仰木彬監督、イチローが在籍するオリックス・ブルーウェーブ(当時)の栄養サポートを担当。在任中に球団の栄養サポート体制を構築、日本シリーズ制覇も経験した。その後、スポーツ系専門学校を経て母校に戻り、健康スポーツ栄養学科で教べんを執る。
特に、サッカー・野球の栄養指導・サポートに定評があり、強豪校での指導経験が豊富。企業との共同研究、スポーツサプリメント開発を手掛けるなど、活動の幅は広い。プロのスポーツ現場で雇用された管理栄養士の先駆け。