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2021.04.21
スポーツ&アスリート
目先の金より長期的なビジョン。”キング”が持つけた違いの自己プロデュース力 ~レブロン・ジェームズ (NBA) 後編~ 【海外トップ選手のコンディショニング術 #02】
Takayuki Kanno(スポーツライター、スポーツ翻訳者)
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第1回目に続き、今回もNBAを代表するスーパースター、レブロン・ジェームズを取り上げる。前回は、プレーヤーとして進化を続ける裏に、綿密なコンディショニングがあることを紹介した。今回はトップアスリートに求められる自己表現の仕方、「セルフプロデューサー」としてのレブロンに関する話題。

大金を目の前にレブロンが考えたこと

高校卒業後、2003年のNBAドラフトにアーリーエントリーしたレブロンは、地元のオハイオ州クリーブランドに本拠地を構えるクリーブランド・キャバリアーズから全体1位で指名された。少し前まで高校生だった少年が全米、世界中が注目する「時の人」になれば、環境は一変する。

当時、レブロンは人生初のシューズ契約を結ぶため、リーボック、ナイキ、アディダスとの交渉に臨んだ。金額的には、約1億ドル(現在のレートにして約108億円)を提示したリーボックに対し、ナイキは8700万ドル(約94億円)を提示したといわれている。結局、レブロンと契約を結んだのは、リーボックよりも提示額の低いナイキだった。

まだあどけなさの残る少年だったレブロンは、リーボックとの交渉の際、誰もが驚くような決断を下している。この時の状況を、ビジネスパートナーであるマーベリック・カーターと立ち上げた新興メディア「Uninterrupted」でこう語った。

「リーボックと交渉した時、見たこともないくらい大きなテーブルがある部屋で、1000万ドル(約10億8000万円)の小切手を渡された。その時に、『もしこの小切手を受け取ってくれるのなら、ナイキ、アディダスの話を聞かないと約束してもらいたい』といわれた。言葉を失ったよ。

それから頭に浮かんだのは、『今、目の前に1000万ドルの小切手があるけれど、もしかするとナイキやアディダスは2000万ドル(約21億円)、3000万ドル(約32億円)の小切手を渡そうとするかもしれない』とね。だから、目先のお金だけがすべてじゃないと思った。それに、叔父からも常に、誰にでもチャンスを与えるべきだと教えられていたし、僕たちは3社のプランを聞きたかった」

18歳の少年でなくても、大半は目先の大金をつかんでしまうかもしれない。しかし、レブロンには、この時から選択肢を前にして冷静に考えられる落ち着きが備わっていたのだ。

ただの広告塔に甘んじない考え方

プロ入り前から「選ばれし者」というニックネームをつけられながら、コート上で毎シーズン期待を上回るパフォーマンスを続けているレブロンが、コート外での活動に求めるものは「中・長期的なビジョン」だ。

一般的なスター選手であれば、広告塔に起用されるとクライアントの商品をPRすることだけに力を注ぐ。しかし、レブロンは少し異なる。クライアントと共同でプロジェクトに参加し、次なる展開へ進むことを好む。2010年からマクドナルドと結んでいたエンドースメント契約を2015年に解消した理由の一つは、自らものづくり、ブランディングに参画したいという彼の考え方が関係している。

マクドナルドとの契約を解消したレブロンは、2012年から投資していたフランチャイズのピザ店「Blaze Pizza」に多額の追加投資を行い、シカゴとサウスフロリダでフランチャイズ展開できる権利を手にした。もし、マクドナルドとの契約を続けていたら、数年で1400万ドル(約15億円)の収入を手に入れられた。それでも投資に力を注いだ理由を、レブロンは「自分たちで何かを築き上げられる」と「Uninterrupted」で明かしている。

「目先のお金のことは考えなかった。もし失敗しても、自分を責めればいい。それだけの魅力があるピザだった。味も格別だったし、ピザを嫌いな人なんてどこにもいない」

レブロンは本分であるバスケットボール選手としても超一流だが、優れたパートナーを選ぶ眼力、先見の明を持ち、ビジネス分野でも成功を収めている。巨万の富を築いたセレブが社会に還元するというのは珍しい話ではないものの、彼のやり方は周囲の想像を超えている。

ロサンゼルス・レイカーズに移籍した2018年秋には、地元オハイオ州アクロンに学校「I PROMISE School」を立ち上げ、大きな反響を呼んだ。「底辺の中の底辺」と幼少期の家庭の経済事情を表現した彼は、同じように低所得の家庭に生まれた子供たちのため、授業料無料、全生徒に朝食、昼食、軽食付きで、食費を捻出するのも難しい経済状態の両親が利用できるフードバンクも設置するなど、これからの時代を担う子供たちのことを第一に考え、環境を整備した。

自分の名を冠した財団「レブロン・ジェームズ・ファミリー・ファウンデーション」を通じて、自分と似た境遇の子供たちをサポートしている彼は「子供たちには、『昔は僕も君たちと同じ立場だった』と言える」と話している

「彼らと同じストリートを歩いていたし、僕だって『どうして自分がこういう目に遭うんだ?』と考える夜もあった。自分が幼いころは、競走馬のように視野が狭かった。だから、子供たちにはもっと広い視野、360°見渡せるような視野を与えたい。幅広い想像力や考え方を持ってもらいたい。

まだ世の中に知られていなかったころのレブロン・ジェームズが自分たちと同じ立場にいたのなら、自分にも可能性があると思ってもらいたい。プロのアスリートではなくても、料理人だって、デザイナーだっていい。もちろん、アメリカ合衆国大統領だって構わない。子供たちには可能性を与えたい」

近年では人種差別撲滅を訴える運動や、昨秋の大統領選挙に向けて黒人に投票を呼びかける非営利団体を設立するなど、その活動はアスリートの域をはるかに超えている。こんなことが可能なのも、プロアスリートになってから本業で結果を残し、自身のブランディングを高め続けているからこそ。

これからもレブロンは、自分にしかできない形で、「未開の地」を歩んで行くのではないだろうか。

<前編を読む>

<次回へ続く>


菅野貴之 / Takayuki Kanno

海外スポーツ関連の媒体に翻訳記事、コラムを寄稿。

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