歯周病は糖尿病と密接にかかわる

前回は歯周病と早産・低体重児出産との関連を論じましたが、近年、歯周病と全身的な疾患との関わりがクローズアップされて「歯周医学」と呼ばれ、注目されています。

そのメカニズムは歯周病菌やその構成物が歯周ポケットで炎症を起こし、血管に侵入することから始まります。そして菌や産生した毒素(菌表層の内毒素など)が血流に乗って全身を巡り、サイトカインやケミカル・メディエーター(PG、IL等の生理活性物質)を賦活化させて身体各所で悪影響を及ぼします。

今回は歯周病と糖尿病に焦点を当て、その関連性について詳細を解説します。

歯周病と糖尿病は互いに影響する

糖尿病は血糖値が慢性的に高くなる疾患であり、三大合併症(眼、腎臓、神経)など全身的な症状を伴う生活習慣病です。

令和元年「国民健康・栄養調査」によると、糖尿病が強く疑われる者(糖尿病有病者)は約1196万人、糖尿病の可能性を否定できない者(糖尿病予備軍)は約1055万人であると報告されています。

歯周医学の中でも歯周病と糖尿病の関連は数多くの研究が進められ、糖尿病の人は歯周病になりやすい、また逆に歯周病の人は糖尿病になりやすいという相関関係が認められています。

糖尿病の主要症状の一つとして「口渇」がありますが、唾液の分泌が減少することによって唾液が口腔内の細菌を洗い流す自浄作用が弱まるだけでなく、唾液に含まれているラクトフェリンや分泌型IgAなどの抗菌物質が働きにくくなり、虫歯菌や歯周病菌が増殖しやすくなります。

また、糖尿病は三大合併症(眼、腎臓、神経)があるために多剤内服になりやすい傾向にあり、その副作用としての口渇も懸念されます。

それに加え、糖尿病では破壊された組織の修復が遅延するため、歯周病で侵された組織の回復が芳しくなく、歯周病が進行しやすい傾向にあると言われています。

血糖値が高いと歯周病になりやすい

2021年、滋賀医科大学の前川聡教授らの研究グループとサンスター株式会社が共同研究で報告した内容によると、定期健康診断の結果と医療機関の診療情報(診療報酬明細書=レセプト)を基に、年代ごとに血糖コントロール指標と歯の本数の関係を分析しました。

その結果、30代以上の年代で空腹時血糖値や糖尿病の指標になる「HbA1c値」が高いほど歯の本数が少なく、糖尿病予備軍(空腹時血糖110-125mg/dl)でも正常値群(同110mg/dl未満)と比べて歯数が少ないことが明らかとなりました。

特に中年期(40~59歳)において高血糖群およびHbA1c高値群は歯の本数が24本未満になるリスクが高いことが判明しました(図1、2)。

図1 空腹時血糖値と歯を失うリスクの関係
図2 HbA1c値と歯を失うリスクの関係

歯を失う最大の原因は虫歯を凌いで歯周病であり、歯を失うことによって食事に支障が出て偏食傾向になって栄養バランスが乱れ、糖尿病の悪化だけでなく高血圧症や脂質異常症などのさらなる生活習慣病になるリスクも上がります。

最近の研究で、歯周病菌の産生する酵素が血糖値を調節する物質を分解すると報告されましたので、ここに紹介します。

歯周病菌は血糖調節因子を分解する

2022年1月に長崎大学のホームページで公表された報告によると、同大学歯学部と岩手医科大学の研究グループが、歯周病菌の作る酵素が血糖調節を行う生理活性ペプチドを分解することを明らかにしました。

血糖値を下げるホルモンとして膵臓から分泌されるインスリンが知られていますが、主に小腸から分泌される生理活性ペプチドの一種であるインクレチンは、インスリンの分泌を促進する機能もあります。また、インクレチンは血糖を上げるグルカゴンの分泌を抑える働きも有しています。

本研究では、歯周病菌のポルフィロモナス・ジンジヴァリスが産生するペプチド分解酵素(ペプチダーゼ)の一種であるDPP7が強力にインクレチンを分解するとともに、さらにインスリンも分解する作用があることを、初めて見出しました。

食後に分泌されるインクレチンはヒトの体内ではDPP4により速やかに分解されて数分後には活性を失いますが、本研究ではMALDI-TOF MS解析により歯周病菌由来DPP7はDPP4より速い速度でインクレチンを分解することを明らかにしました。

実際、DPP7を投与されたマウスではインスリンの濃度が対照群と比較して有意に低くなり、高血糖状態の持続時間が延長するという結果が認められました。

歯周病が糖尿病に及ぼすメカニズム

ところで、歯周病菌が糖尿病の進行に及ぼす分子生物学的メカニズムとして、次のような機序が考えられています。

歯周病菌の内毒素は、脂肪細胞からTNFαなどのサイトカインの産生を誘発します。

TNFαはそのレセプターを介して、骨格筋細胞や脂肪細胞の糖の取り込みを阻害する作用があります。

その結果、インスリンに対して抵抗性となって血糖値が下がりにくくなり、Ⅱ型糖尿病が進行することが報告されていいます。

歯周病治療で糖尿病のリスクは下がる

2013年に広島県で宗永氏らが報告した研究では、Ⅱ型糖尿病でかつ中等度~重度歯周病を有する患者に対して歯周病治療を継続して行うことによって、血糖コントロールの目安となるHbA1c値の変化を調査しました。

その結果、定期的な口腔清掃と抗菌薬であるミノサイクリンの局所投与を行った群はそうでない群に対し、3か月後には有意に改善することが分かりました(図3)

歯周病はゆっくりと進行して気付かないことも多いため、糖尿病を防ぐためにも歯と歯ぐきの境界にある歯周ポケットを意識した歯磨きで、歯周病の予防に努めたいですね。

図3 歯周病治療によるHbA1c値の改善効果

【参考文献・資料】
・日本歯周病学会編:歯周病と全身の健康 (2015)
・Harada K, Maegawa H et al: Glycemic control and number of natural teeth: analysis of cross-sectional Japanese employment-based dental insurance claims and medical check-up-data. Diabetology International (2021年8月28日オンライン公開)
・Nemoto O et al: Expanded substrate specificity supported by P1’ and P2’ residues enables bacterial dipeptidyl-peptidase 7 to degrade bioactive peptides., J Biol Chem(アメリカ生化学分子生物学会誌「Journal of Biological Chemistry」2022年1月12付
に掲載)
・Munenaga Y et al: Improvement of glycated hemoglobin in Japanese subjects with type 2 diabetes by resolution of periodontal inflammation using adjunct antibiotics: results from the Hiroshima study., Diabetes Res Clin Pract, 100, 53-60 (2013)

島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)

1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。

【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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