スポーツシーンなどで有用なたんぱく源として知られている豚肉は、栄養価が高くて使いやすいため、鉄板食材として人気が高い。その一方で、精肉前の豚がどのような過程で飼育されているかに触れる機会はそれほど多くないのではないだろうか。

ビジネスを通じて、世界における豚肉の飼育・生産事情をよく知る食肉商社の加藤博さんは、「ここ10年でヨーロッパを中心に、家畜に対するアニマルウェルフェア、薬品使用の考え方が劇的に変わってきています。世界の流れに日本がどのように対応していくのか。注目してみています」と話す。

今回は、欧米などでの飼育環境と薬品投与の考え方の違いについて、加藤さんに解説していただく。豚肉(牛肉、鶏肉なども)を選択する際に、飼育・生産過程にも意識を向けながら使用・摂取を考えたい。

「アニマルウェルフェア」が定着するEU

EU式の豚飼育がスタンダードになるか

動物衛生の向上を目的とする「国際獣疫事務局(WOAH)」は長らく、「アニマルウェルフェア」を提唱してきました。これは、「動物が生きて死ぬ状態に関連した、動物の身体的及び心的状態」と定義し、動物福祉の観点から家畜を快適な環境下で飼養することによって、ストレスや疾病を減らすことが重要という考え方です。

アニマルウェルフェアの意識は年々高まりを見せてきましたが、EU(イギリスなど一部地域を除くヨーロッパの加盟国)が2013年に家畜飼育の環境に関する法律を厳格化したことをきっかけに、世界中で動きが加速しています。

豚肉に関する大きな変化でいえば、妊娠豚の扱いが挙げられます。以前までは、豚の交配・妊娠・出産・授乳の間すべて、ストール(またはクレート=個別の檻)内で飼育される環境にありました。世界中で当たり前のようにおこなわれてきた従来の飼育方法です。

ストール内での生活を強いられる従来の飼育

EUが制定した法律では「ストール内での飼育は交配期間のみ」と限定され、妊娠後は必ずストールのない環境での飼育が義務づけられるようになりました。簡単にいえば、「4畳間でずっと一生(出荷まで)を過ごす」ではなく、豚の成長・状況に合わせて「部屋の大きさを変えていく」という形です。

その他にも、豚1頭につき十分な飼養面積の確保、10頭以上の養豚施設による妊娠豚の群養義務、群養にあたって十分なエサの用意をはじめ、非常に細かく法律化されています。EU各国はこの法律下で、豚(その他の家畜)の心身を踏まえた飼育に移行しました。

また、精肉にする過程での屠畜方法も大きく様変わりしてきています。以前までは、1頭ずつ豚に電気ショックを与えて放血し、枝肉になっていくという流れでした。電気ショックを与えると、豚が硬直して毛細血管が収縮してしまうので、肉質にも大きく影響を及ぼします。

最近では、4~5頭の豚を同じ部屋に入れて〝安心感〟を与えつつ、CO2ガスを吸わせてほとんど意識のない状態で放血するというのが一般的になっています。アニマルウェルフェアの観点から、豚にストレスを与えない屠畜方法がここ10年で確立され、EUではこの方式に切り替えられている工場が増えています。

こうした生産者の変化には、消費者も敏感に反応しています。もしかしたら、消費者側からアニマルウェルフェアが叫ばれ、生産者が変わらざるを得ない状況になったかもしれません。

いずれにしろ、消費者・生産者双方の意識が高くなったことで劇的に変化し、ヨーロッパではすでにアニマルウェルフェアを特別に訴える必要がないほど生活に定着しています。

法律を作ったものの…ジレンマに陥るアメリカ

Prop.12に対応したアメリカの豚飼育

アメリカは良くも悪くも大量生産型の国なので、アニマルウェルフェアに対する意識がEUと比較して後れをとっていましたが、少し状況が変わりつつあります。近年ではカリフォルニア(ロサンゼルス、サンフランシスコなど)、マサチューセッツ(ボストンなど)の2州がEUに追随する動きをみせています。

カリフォルニア州では、アニマルウェルフェアに関する住民投票がおこなわれ、2018年に州法12号(California’s Prop.12)で畜産動物の拘束飼育が禁止されました。これはEUと同等か、それ以上の厳格化で、Prop.12に則って飼育・生産された豚肉でないと州内では販売できないことになりました。

Prop.12の制定は国内の豚肉生産者の頭を悩ませる問題になっていて、カリフォルニア州はアメリカ全体の豚肉消費のうち、実に約15%を占めています。生産者にとって、この一大消費圏で販売できなくなることは大きな痛手になります。

ただ、大量生産型から快適環境のEU式に変えるには、飼養面積の拡張、設備投資など当然コストがかかってきますので、変化に対応できる生産者は一部に限られてきます。端的にいえば、法律を作ったはいいけど供給できないジレンマに陥っているのです。このような状況なので、Prop.12の完全施行は各所との調整のために何度か延期されてきました。

Prop.12対応の豚肉を生産できる農家はまだまだ少ないため、オランダなど条件がクリアされているEU産の豚肉がカリフォルニア州でも引き合いが強いようです。アメリカの食肉会社は現状、カリフォルニア州で販売するための豚肉、それ以外の地域で販売するための豚肉と、販売に関して対応が二分する形になっています。

消費者の間でも物議をかもすことになっていて、Prop.12対応の豚肉は生産コストがかかり、価格が割高です。住民の中には、より安価な豚肉を求めて州外で購入するケースもあるんだとか。

アメリカは州によって法律が異なり、カリフォルニア州に続いてProp.12のような法律が適用されていくと、アニマルウェルフェアへの意識は急速に高まっていくと思われます。ニューヨークなどの大都市圏に近く、ヨーロッパ文化が息づくマサチューセッツ州は同調していくもよう。アニマルウェルフェアをめぐって、生産者、消費者とも分岐点を迎えているのがアメリカです。

世界的な潮流に日本は? その他地域の動き

日本では残念ながら、欧米と比較してアニマルウェルフェアの意識が薄いと言わざるを得ません。豚の飼育環境に関する法律も細かく整備されていない状態です。

もちろん、一部の生産者はアニマルウェルフェアの観点から、EU式に変えているところもありますが、従来通りの飼育が多いと思います。国土が狭いゆえに飼養面積の確保が欧米よりも困難で、もし法律を作ったとしてもアメリカ以上に供給が難しくなることは想像できます。

消費者の反応として、以前豚の飼育状況が動画サイトにアップされて、その〝惨状〟から炎上する騒ぎがありました。私たちにも「自分たちが買っている豚肉の背景はどうなっているんだ」と、多くの販売先から問い合わせを受けたほどです。

でも、一時の炎上が過ぎると、ほとんど話題に挙がることもなくなり、アニマルウェルフェアの意識が遠のいてしまいました。国民性なのか、日本で浸透するにはかなり時間がかかると思っています。

畜産が盛んなオーストラリア、ニュージーランドは、EUと同じ路線を進んでいます。ただ、オーストラリア産の豚肉は高価の上、日本への輸入量もそれほどないので、私たちがお目にかかる機会は少ないでしょう。

豚肉の消費・生産が多いブラジルをはじめとする南米産は、比較的購入しやすい価格帯であることから、(コストがかかる)EU式になっているとは言い難く、従来通りの飼育・生産が続いているとみられます。

豚に投与される「抗生物質」と「成長ホルモン」、人体への影響も懸念

人間と同じように豚にも抗生物質が使用されます。生産者側から見れば、抗生物質を飼料に混ぜたり、豚自体に投与したりすることで、豚が病気になることを防げるため、世界中の飼育現場ではほぼ使用されてきました。

ただ、抗生物質の投与量は考える必要があって、豚に投与された抗生物質は豚肉を媒介として人体に入り、健康被害をひき起こす可能性もあります。いわゆる「薬剤耐性菌(図1)」の問題で、科学的な見地からもそのリスクは指摘されています。

図1 薬剤耐性菌(文献より改変)

この点でもEUは先を行っていて、豚肉を含めた食品に使用できる抗生物質の量(人体への影響が出ないとされる量)が決まっています。もし、上限を超えてしまった場合、ペナルティ(税金)が課せられるのです。

ヨーロッパ各国の食品に添加している抗生物質(ペニシリン:PCU)の量(図2)を比較すると、キプロス、イタリア、スペインが突出して多いものの、それでも上限値内なので問題はありません。一方で、フィンランドなど北欧は圧倒的に少なくなっています。

豚の健康はもちろんですが、EUでは消費者の健康にも配慮した対策をきちんと打っているのです。日本では今のところ、抗生物質の投与上限は設けられておらず、商品を購入する際に気をつけようがないこともつけ加えておきます。

実は、抗生物質の投与は肉質に影響していて、エサにもよりますが、「アクが出ない」「臭みがない」といった点はよく聞かれます。豚肉の健康に必要、でも人体への影響を考えると極力控えたい。このバランスを考えた政策といえます。

図3-1 ヨーロッパ各国の食品への抗生物質添加量
図3-2 ヨーロッパ各国の食品への抗生物添加量

次に、豚の成長を促進して出荷サイクルを早める意図がある「成長ホルモン」の投与ですが、アメリカ、カナダは一部使用禁止、EUでは全面禁止になっています。中国は特徴的で、自国への供給、輸出分は不明ですが、輸入分に関しては全面禁止にしています。お国柄として、対外的なアピールの意図もみえます。

成長ホルモンを使用した豚肉を食べたことによる健康被害はこれまで聞かれていませんが、少なくとも自然の摂理に逆らって作られた物を食べるのは、あまり気持ちのいいものではないと思います。EUではこの意識がとても強いです。

フランスでレストラン「archeste(ラルケスト、ミシュラン一つ星)」を経営する伊藤良明さんは、「世界的に体に安全な物、自然な物、環境に優しい物を使っていく流れに変わってきている。うちのお客さんは当然、成長ホルモンなど不使用の食材を使った料理が出てくるとわかって店にいらっしゃる。提供する側としては、おいしいより安全をより意識していかなければいけない時代になった」と、消費者の意識が高いことを話していました。

また、スポーツ選手にとって、成長ホルモンはドーピング物質に当たるため、豚肉に限らず、食材を選ぶ際にきちんと考える必要があります。

オープンウォータースイミングで2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ五輪に出場した平井康翔選手は「スポーツを頑張る子供を持つ親御さんには特に現状をよく知ってもらいたい。ドーピングコントロール下の選手にとっては、食材を選ぶことから戦いは始まっている」と、自身の経験を踏まえて安全性の高い食品を選択する重要性を語っていました。

日本では現状、成長ホルモンは使用禁止になっていますが、商品パッケージに「成長ホルモン不使用」の記載義務があるわけではないので、抗生物質と同様、正直ベールに包まれている状態といえます。

水と空気が清らかな北欧、理想的な豚肉生産 

アニマルウェルフェア、薬品投与といった豚肉生産に重要な2点について、最先端なのが北欧です。

国民の幸福度ランキングで6年連続1位のフィンランドをはじめ、デンマーク、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンなど福祉政策が充実している国が上位を独占していることから、動物に対しても温かい心遣いをしていることがうかがえます。成長ホルモンなどを使用する人工的な飼育も、国民性に反する行為になります。

北欧各国は比較的広く、豚の飼養面積は十分に確保できるので、ストレスの低減につながります。フィンランドなどは国土に対して森林の割合が高いため、澄んだ空気・きれいな水を生み出す土壌にもなっているのです。

大自然に囲まれている環境では病原菌も発生しにくく、豚が病気になるリスクがそもそも低いので、抗生物質の投与は最低限に留まっています。北欧各国がヨーロッパの他地域に比べ、食品への抗生物質添加量が少ない要因はここにあります。与えるエサも輸入穀物を使用せず、自国産の飼料が多いため、肉質も高くなっています。

豚を快適に飼育できる抜群の環境、豚の〝一生〟を尊重する法律、消費者の高い意識と、すべてが好循環にあるのが北欧ということです。北欧産の豚肉は日本でもそれほど出回っているわけではありませんが、生産過程を踏まえて、購入の際に選択肢の一つとして考えてもらうと、安全・安心の食生活にもつながってきます。

日本人として「国産は絶対にいい」と誇りたいところではあります。私もビジネスをするまで、世界でおこなわれている豚の飼育場状況について気にも留めませんでしたし、知りませんでした。でも、EUなど各国と比較してふかんすると、必ずしもそうとは言いきれない現状があることを知っていただきたいですね。

【参考文献】
・薬剤耐性菌の食品健康影響評価に関する情報, 内閣府・食品安全委員会(2023)

スポトリ

編集部