介護リスクを高めるフレイルと「オーラルフレイル」の関係
わが国の超高齢化社会において、介護が必要となる人が増える傾向にあります。
厚生労働省の「令和4年国民生活基礎調査(図1)」によると、65歳以上の高齢者で介護が必要になった原因として「認知症」を筆頭に、「脳血管疾患」「骨折・転倒」「高齢による衰弱」などが続いています。
特に「高齢による衰弱」という言葉の表現は意味合いが非常に曖昧であるため、最近では2014年に日本老年医学会が提唱した「フレイル」という用語も使用されるようになってきました。
私が勤務する病院歯科の患者層は高齢者が中心ですので、「うまく噛めない」「言葉をうまく発声できない」など様々な症状を抱えて、ご家族の付き添いのもとで受診される方が数多く来院されます。
実際に口の中を見てみると、虫歯や歯周病が進行して、かなりひどい状態になっている人もしばしば見受けられます。
しかし、虫歯治療や歯周病治療、あるいは義歯(入れ歯)作製などで早期に適切な処置を行えば、大半の方が食事や会話をスムーズにできるように回復できます。
このように、口の機能が衰えながらも回復が可能であるという中間的な状態を「オーラルフレイル」と呼びます。
オーラルフレイルはフレイルの始まり
2022年4月、日本医学会連合が加盟57学会などとの連名で「フレイル・ロコモ克服のための医学会宣言」を発表しました。
その中で、日本老年歯科医学会は「2025年までに、国民のオーラルフレイル、口腔機能低下症に関する認知度を50%にする」という目標を掲げ、わが国でも対策に本腰を入れ始めました。まだあまり知られていませんが、健康的な生活を送るためにも重要になってきます。
オーラルフレイルの症状として、「食べこぼし」「むせ」「噛めない食品の増加」「滑舌の悪化」などが認められます。また、「話す」「咀嚼する」「飲み込む」などの口腔機能の低下が中心となり、見逃しやすくて気がつきにくいのも特徴です。
結果として、食欲の減退・低栄養による活動性の低下、人生の大きな楽しみの一つである「食事」への満足度が低下してしまう精神的減退、他者との交流(コミュニケーション)が円滑に行えない社会性の低下などの問題をひき起こし、全身的なフレイルに移行しやすくなります。
2017年に東京大学の研究グループが行った報告によると、千葉県柏市で約2000人の65歳以上の高齢者を対象に6年間追跡した調査結果では、オーラルフレイルが認められた人はそうでない人に比べて、要介護認定を受ける率が2.35倍、身体的フレイル発症リスクが2.41倍になるなどの悪影響が認められたことが明らかになりました(図2)。
オーラルフレイルはフレイルに先立って現れることが多いため、身体の健康維持のためにも口の健康管理は大切なのです。
もしオーラルフレイルが疑われた場合は、放置せずに速やかに歯科医などに相談するようにして下さい。早めに気付いて適切な対応をすることにより、再び健康な状態に戻ることが可能です。
歯科医院において実施されるオーラルフレイルを評価する項目としては、「口腔の衛生状態」「乾燥度」「咬合力」「舌・口唇の運動機能」「舌圧」「咀嚼機能」「嚥下(飲み込み)機能」の7つが挙げられています。その中で問題点のある該当項目3つ以上認められた場合に、口腔機能低下症と診断されます。
「口腔機能低下症」という病名がつくことにより、その改善やコントロールに対して健康保険が適用された歯科治療を受けることができますので、オーラルフレイルの早期対応として歯科受診することをお勧めします。
オーラルフレイルの予防に大切なこと
オーラルフレイルは早期に発見して速やかに対応することが重要ですが、まずは予防してオーラルフレイルにならないことを目指すのが先決です。その予防のために実行したい項目を、いくつか挙げてみようと思います。
歯科の定期検診を受けましょう
オーラルフレイルは、歯周病や虫歯による残存歯数の減少によって段階的に進むことが多いため、定期的(1ヵ月~6ヵ月間隔)な歯科検診が大切です。
高齢者は加齢による唾液腺の萎縮や機能低下、内服薬の副作用などで唾液分泌量が低下して口腔内の衛生状態が悪化しやすいため、速やかに歯周病や虫歯の治療を行い、使える歯の数を維持することが重要です。
「噛めない」「痛みがある」「外れやすい」といった合わない義歯があれば、迷わず治療を受けるように勧めて下さい。
「口腔体操」を実施しましょう
口腔機能を維持・改善するためには唾液の分泌を促進したり、咀嚼や嚥下の運動に必要な筋肉を鍛えたりする「口腔体操」を習慣づけることも大切です。
日本歯科医師会はホームページ内にある「日歯8020テレビ」の中で「口腔体操でオーラルフレイル予防」という動画を配信しており、口の体操(息を吸うように口をすぼめる、口を大きく開けてできるだけ舌を出す、ブクブクうがい・ガラガラうがいをする等)を公開しています。
分かりやすく簡単に実行でき、しかも実践的な内容ですので、ぜひ参考にして下さい。
地域の講習会に参加する
近年では、自治体などが開催する介護予防事業や高齢者に向けた口腔機能向上講座も実施されていますので、積極的に参加するようにしましょう。
また、そのような会場では介護に関する最新情報が発信されていたり、関連用品の展示や販売が実施されていたりしますので、介護する側、される側の双方にとって有意義な時間を過ごせるでしょう。
以上のような対応でオーラルフレイルを防ぎ、元気に食べることができる口の機能を保って全身的なフレイルへ移行しないよう、毎日の丁寧な歯磨きや定期的な歯科検診を心掛けて下さいね。
【参考文献・資料】
・厚生労働省:令和4年国民生活基礎調査
・Iijima K et al : Oral Frailty as a Risk Factor for physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly., J Gerontol A Biol Sci Med Sci., 73(12) 1661-1667 (2018)
・ロハス・メディカル編集部:歯科医と共にフレイル予防, ロハス・メディカル, 162, 2-7 (2022)
・日本歯科医師会:口腔体操でオーラルフレイル予防, 日歯8020テレビ
島谷浩幸(歯科医師・歯学博士/野菜ソムリエ)
1972年兵庫県生まれ。堺平成病院(大阪府)で診療する傍ら、執筆等で歯と健康の関わりについて分かりやすく解説する。
大阪歯科大学在籍時には弓道部レギュラーとして、第28回全日本歯科学生総合体育大会(オールデンタル)の総合優勝(団体)に貢献するなど、弓道初段の腕前を持つ。
【TV出演】『所さんの目がテン!』(日本テレビ)、『すこナビ』(朝日放送)等
【著書】『歯磨き健康法』(アスキー・メディアワークス)、『頼れる歯医者さんの長生き歯磨き』(わかさ出版)等
【好きな言葉】晴耕雨読
【趣味】自然と触れ合うこと、小説執筆
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