12月8・9日、京都大学百周年記念ホールで「お米の未来を考えるシンポジウム」が開催された。同会は10年に一度、米にかかわる識者らが最新の研究を報告するもの。4回目となる今回は、消費・生産が減少傾向にある米作の将来、米が持つ新たな魅力などを発表した。ここでは、各トピックスにまとめて講演内容をレポートする。

海外需要が拡大中、見通し良好の国産米

食の未来を見据えた稲作の進歩
農業・食品産業技術総合研究機構坂井真氏

坂井氏は、農林水産省で50種以上のイネの品種開発をしてきた日本随一といえる米作の専門家。米づくりを多角的に捉え、将来を見据えながら国内での米生産を考える。

米生産の現状として、「国内需要、価格帯ともに低位で安定」と分析。生産の課題として、高齢化が進み、今後65歳以上が増加していくことから、米作従事者の確保を挙げた。また、国内生産品種の上位がコシヒカリ系列で占められている状況が長く続く中、健康機能や気候を踏まえた品種開発を続けていく必要性を訴えた。

一方、日本食の認知度向上とともに日系レストランが増加する香港、アメリカなど海外での需要が拡大しており、有望な輸出品との見解を示した。実際、米菓・パックごはんなど関連商品が近15年で2.5倍の売り上げになっている。日本米が現地米よりも格段に価格が高かった以前と比較して、半分程度の金額に下がっていることも要因と説明した。

米の生産をめぐっては、スマート農業、ゲノム解析、品種開発など急速に進んでおり、田植えのいらない直播生産といった生産コスト・工程の効率化、水田からのメタンガス発生を抑制する自然に優しい生産方法も確立されつつある。

今後の見通しとして、高齢化が進む小規模農家が収れんされ、大規模農業によるメガファーム化、温暖化に対応する新種米(ミズホチカラなど)の開発・生産が本格化するとした。温暖化対応品種は、近年続く猛暑で一等米(高評価)コシヒカリ系列が減産する中、約90%が一等米と安定的な品質を提供できるとし、今後トレンドが変わる可能性を示唆した。

米が持つ多様な健康機能性

各種の米と期待される効果
新潟薬科大学・大坪研一氏

大坪氏は、米の物性・機能性、米作など多方面で見識を持つ研究者。日本で生産されている多種多様なコメとそれぞれが持つ機能性について紹介した。

玄米をはじめ、高収量のアジア稲と病気・雑草に強いアフリカ稲を組み合わせて開発された「ネリカ米(New Rice for Africa)」、栄養価の高い胚芽部が豊富な「巨大胚芽米」、アントシアニン色素を多く含む「黒米」、食後血糖値の抑制が見込める「超硬質米」など、各品種が持つ栄養成分の比較データを示しながら解説した。

また、疾病予防と各品種との関連性については、腎臓病には低タンパク質米、糖尿病には、でんぷん質が少なく、レジスタントスターチ(不溶性食物繊維)が豊富な超硬質米、糖尿病との関連があるとされる認知症、スギ花粉症(免疫機能)対応など、米には期待される効果が多いことを強調。日本人の抱える健康問題に対し、米は解決の糸口になると訴えた。

米作の視点から、減反傾向の水田の存在価値について、地下水の養成、教育的な観点などから社会生活に多大な影響を及ぼすとし、大切にしていくべきと説いた。食料生産、おいしさ、健康機能性、新しい商品の開発など、さらなる米の消費拡大と研究を進めていくとした。


玄米食と脳の健康
東北大学・髙橋芳雄氏

髙橋氏は、高齢期の脳機能を維持・活性化をテーマに研究を続けている。専門は神経、発達、臨床心理学。

高齢期の脳機能減退予防の50%は食が関連しているとし、穀物や果物・野菜、魚介類中心の地中海食が適していると説明。その上で、玄米食は、日本での食経験が長く受け入れられやすく、含まれる栄養素(γ-オリザノール、γ-アミノ酪酸、ビタミン類など)に脳機能の維持・改善が期待できるとした。

玄米は、栄養部分の大半を精製過程で失う精白米と比べて健康的価値が高い一方で、味や食感から敬遠されがちだが、精米技術や商品開発の発達によって見直されていくべきとした。

日本をはじめ、世界でも玄米の健康価値が着目される状況で、研究が進んでおり、同大でも高齢期の健康に寄与できる研究成果を見出したいと話した。


米に関する健康機能性研究報告(一般演題から抜粋)】

・農大こめプロジェクト ~鉄強化米をおいしく食べる取り組み~ <東京農業大学>
・鉄強化玄米(精白米)の生体への有効性および安全性の検証 <東京農業大学>
・超高水圧加圧玄米の長期摂取は高齢者の認知・情動機能と骨密度を改善する <島根大学、島根県産業技術センター ほか>
・玄米に含まれる免疫活性化成分「LPS(リポポリサッカライド)」の作用機序の解析 <新潟県立大学、長寿医療研究センター>
・ビタミンB様物質「イノシトール」の様々な機能性 <築野ライスファインケミカルズ>
・米ぬか水溶性画分「RICEO®-EX」による血管機能および肥満への効果 <築野ライスファインケミカルズ、和歌山県立医科大学>
・米ぬか由来スーパービタミンE「ライストリエノール」の女性における肌透明感上昇効果 <築野ライスファインケミカルズ>
・米ぬか由来植物ステロールエステルによる女性の肌バリア機能改善効果 <築野ライスファインケミカルズ>
・酒粕とその含有成分による自己免疫疾患進行抑制効果の検討 <福山大学>
・酒粕およびオレイルエタノールアミドの抗不安効果 <福山大学>
・歯周病原細菌に対する抗菌活性をもつ未利用食品由来成分の探索(フェルラ酸) <大阪公立大学、大阪府立大学>
・フィチン酸の男性向け化粧品開発を目指したヒトへのピーリング(角質ケア)効果 <築野ライスファインケミカルズ>
・フィチン酸、イノシトール混合スカルプロモーションの薄毛女性への育毛効果 <築野ライスファインケミカルズ>
・γ-オリザノール高含有米胚芽油とフェルラ酸による頭皮環境改善効果 <東北大学、築野ライスファインケミカルズ>
・γ-オリザノール高含有米胚芽油の経口摂取による美容効果 <東北大学、築野ライスファインケミカルズ>

トレンドに割って入るか、〝ライスプロテイン〟の動向

米由来タンパク質の国内安定供給の可能性と植物由来代替肉の開発
山形大学・渡辺 昌規氏

渡辺氏は2023年2月、精米機メーカー「株式会社 サタケ(本社:広島県広島市)」と共同で、米ぬか由来代替肉を開発し、大きな話題を呼んだ。

健康的価値の高いタンパク質は、世界的に需要が高まっているものの、供給できない地域や国が出てくることから、「タンパク・クライシス(危機)」に陥っていると報告。そのうえで、日本でも新たなタンパク質の供給方法を見出す必要があるとした。

米ぬかにはタンパク質が5~10%含有しており、本来廃棄される米ぬかから抽出されるプロテインを再利用することで、世界的な問題に対応できると主張した。

渡辺氏は今後、米ぬかプロテインを代替肉のほか、高齢者対応、サプリメント原料などに活用できるように実用化をめざす考えを示した。


栄養価も高くカラダに優しいお米のプロテイン
福島大学・松田 幹氏

松田氏は、タンパク質や微生物(腸内細菌叢)の分析、食品とアレルギーの関連性など、さまざまな研究を手がけている。

米に含まれるタンパク質は、必須アミノ酸バランスが良く、小麦グルテンやトウモロコシ由来ゼインなど、他の植物性タンパク質よりも栄養価が高いと評価した。

米の主要タンパク質は、大豆の主要タンパク質・グリシニン(11sグロブリン)と共通の祖先遺伝子から進化したグルテリンで、構成が似通っているものの、大豆や小麦などアレルギー因子が少なく、発症頻度は極めて低いと説明した。

米のタンパク質は、イネによって違いがあり、品種によっては2倍近く含有量に差が出るとした。この理由として、グルテリン含有量の違い、品種改良によってグルテリン遺伝子がコピーされことにより、固有の遺伝子を持つイネの存在があることを挙げた。


機能性食品素材としての米タンパクの可能性
新潟工科大学・久保田 真敏氏

久保田氏は、米と米の加工品に含まれるタンパク質、そこから見出される健康的価値の真相究明にあたっている。

日本では、米のタンパク質生成方法には、米胚乳をアルカリ抽出したもの、でんぷん分解したものの2つがあり(≒ホエイとカゼイン、ペプチドのようなもの)、それぞれによって消化性が異なるため、製品化した場合に用途で使い分けられると説明。これらの物性・機能性研究をさらに進め、食品に活用されることを期待すると語った。

久保田氏は、アルカリ抽出米胚乳タンパク質摂取による抗肥満作用に関する研究をおこなっており、カゼイン摂取と比較して腎機能の維持や脂肪蓄積の低下を確認したと報告した。

体と自然に優しいこめ油の魅力

こめ油に豊富な抗酸化成分をご存知でしょうか?
東北大学大学院・仲川 清隆氏

仲川氏は過酸化脂質、抗酸化成分分析の第一人者で、大会長として同会を取り仕切った。多くの研究者を輩出することを使命とし、後進の育成を図りながら各方面と連携して研究を進める。

講演の冒頭、抗酸化について解説しながら、研究を進めるこめ油の製造工程を説明。原料となる米ぬかには約20%の油分が含まれており、米ぬかからこめ油に製造する過程で過酸化脂質が熱によって活性化し、機能性がさらに追加されるユニークな原料・食品であることを紹介した。

こめ油にはγ-オリザノールやトコフェロール、トコトリエノール(スーパービタミンE)など抗酸化物質が豊富で、調理下では風味や食感、カラッと揚がる、酸化しにくい(品質の維持)特長がある上、健康機能性にも優れていることから、加工調理・健康の両面で価値が高いとした。

近年機能性のある油脂は注目されており、こめ油も一般に浸透しつつある現状から、物性・機能性研究を強化しつつ、科学的根拠を見出していきたいと話した。


こめ油のおいしさとそのメカニズム:京料理の観点から
甲子園大学・伏木 亨氏

甲子園大学で学長を務める伏木氏は、味覚や食感を科学的に証明しながら、おいしさを追求する。こめ油の物性や調理下での機能性に加え、運動と栄養、おいしさと脳科学など、幅広く研究テーマを設けている。

関西の食文化である京料理では天ぷらなど揚げ物を使う機会が多い。こめ油は動物油と比較して脂肪酸のバランスが良く、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸がほぼ同量で健康的にも良いと説明した。

こめ油は、粘度が低く乳化しやすいため、「あっさり」「べとつかない」仕上がりになる。また、抗酸化成分が豊富なため、不快臭の原因となるアクロレインの発生を抑制するとした。

実際にこめ油を使用している京料理店主へのヒアリングから、「障りがない(食材の邪魔をしない)ので、相性は抜群で使いやすい」といった声があることを紹介した。


米糠をすべて有効活用する社会的意義
築野グループ株式会社・築野 卓夫氏

築野氏は副社長としてグループ全体の経営を司り、同社が掲げる三大事業(食用油脂、ファインケミカル、オレオケミカル)の内容を紹介した。

同社は戦後間もないころから、米の精製過程で生じる米ぬかを再利用し、事業化。現在、オレオケミカル事業に関しては、リサイクル度95%、バイオマス度50~100%で推移しており、長年SDGsを実践し続けている。

原料の物性・機能性研究は、創業者の実娘で2代目の築野富美氏が主導したイノシトールから始まっており、築野氏は「これまでさまざまな場面で利用できる原料を見出しているが、それでも製品化できているのは1/3ほど。今後も研究・開発を推進し、国民の生活に寄与する取り組みをおこなっていきたい」と話した。

雑感(編集部)

シンポジウムでの講演は一人30分と限られた時間ではあったが、一般聴講者も参加していることもあって非常にわかりやすく報告されていた。

上記レポート以外でも、大規模集団調査によるさまざまな食事パターンからみた血清脂質の比較(滋賀医科大学・北岡かおり氏)、「もちもち」「ふっくら」など感覚表現を言語化し、官能評価する取り組み(農研機構・早川文代氏)など独自研究も興味深いものがあった。

中でもライスプロテインに関する報告は多岐にわたり、将来性も感じられた。開会にあたって、講演者への一般質問もあったそうだが、「プロテインに関する質問が多かった」と話しており、ニーズ・関心の高さをうかがわせた。

10年以上前、欧米で環境問題に配慮したプラントベース素材が注目され始めると、ライスプロテインも話題に上がった。しかし、ソイ(大豆)、ピー(エンドウ豆)、ヘンプ(麻の実)などが流行の中心になり、ライスの存在感は薄くなったかにみえた。

時が進んで現在、世界ではプロテインの供給過多により多様化の必要性が生じ、渡辺氏や久保田氏ら研究者の努力によってライスプロテインの魅力が再認識された。実用化への道筋も見えてきている。

プラントベースプロテインのトレンドも「ブレンド(複数素材の配合)」に変化し、ライスが持つ健康機能性や物性の研究報告が相次ぎ、アレルゲンフリーといった利点から再び脚光を浴びようとしている。

すでに、ライスをブレンドしたプロテインの新素材(商品)を開発しているブランドもあり、間もなく上市されると聞いている。世界的に見ても、この流れは必然といえる。

某社の代表から「米の研究は始まったばかり」と聞いてから数年。短期間で飛躍的に米の研究は進んでいる。研究者の最新報告、50に及ぶ米研究の一般演題などから、日本人が長くつき合う米の価値観を高め、魅力を再認識させるには余りある、非常に意義深さを感じる2日間だった。

スポトリ

編集部