ニュートリション(栄養)関係者の人物背景や取り組みについて紹介する永続企画「ニュートリションな人々」。8回目の主人公は吉谷佳代さん。

吉谷さんは管理栄養士の資格を有しながら、大手食品メーカーで研究職やスポーツサプリメントの商品開発などを担当。食事重視のスポーツニュートリション業界の中で、サプリメンテーションの有効性を十分に理解しながら、栄養サポートをしている。

現在は、阪神タイガース全選手の栄養管理・サポートに加え、食環境の整備など球団の食に関する仕事を一手に引き受け、プロフェッショナルとしてスポーツ現場で活躍中だ。また、スポーツ選手の妻、成長期の子供を持つ保護者などを対象にした栄養講座を主宰。毎日の食事作りに悩んでいる人たちへのアドバイスや商品開発をしていたからこその裏話などを交えた講義を行っている。

吉谷さんのポリシー「誰かを支える人のための栄養サポート」を実践する。

悩みを持つ人の気持ちが理解できる専門家に

自然豊かな兵庫県豊岡市で生まれた吉谷さんは、暇さえあれば外で動き回るような活発な少女時代を過ごし、陸上、水泳、バレーボールなどスポーツに夢中だった。中学、高校では、持久力と瞬発力が問われ、コース取りの激しさから「陸上の格闘技」とも「最も過酷な競技」ともいわれる800m走の選手として活躍する。吉谷さんの母親が病院で患者の食事管理をする栄養士だったため、トレーニングで体を酷使する吉谷さんの健康を食の面から支えていた。

「私自身、貧血に苦しめられた経験があって、母がホウレンソウなど鉄分豊富な食事を用意してくれていましたね、今思えば。母の病院での話を聞いて栄養学に興味を持ちましたし、日ごろから自分でも料理を作っていました。

選手としても活動していたので、将来は自分の好きな動くことと栄養がつながったような仕事ができればと考えていました。当時は、スポーツ栄養学の概念がありませんでしたが、進む道は遠い先に見えていた気がします」

母親の“栄養サポート”を受けながらの選手生活だったが、高校2年生の時に運動誘発性ぜんそくの発症によって、陸上を続けることができなくなってしまった。運動誘発性ぜんそくは、運動後5~30分で気道が収縮して喘息症状や息切れをひき起こし、影響は四肢筋肉の機能低下、循環器系や内分泌系、代謝系に及ぶ。現在でこそ、薬物投与による治療法などが確立されているが、吉谷さんの現役当時では情報量に乏しく、根治が難しかった。

※ 藤本繁夫 etal.: 運動誘発性喘息, 体力科学47, 453-460 (1998)

800m走のような過酷な競技はできなくなり、悔しさはあったものの、動くことが大好きな吉谷さんはテニスで気を紛らわしながら残りの高校生活を楽しんだ。思わぬ病気で部活動を早めに卒業することになったからこそわかることがあると、吉谷さんはいう。

「貧血でパフォーマンスが上がらなくて記録が伸びなかったこととか、競技をしたいのにできない悔しさとか、私は競技生活で目指す自分になれなかった苦い経験をしました。だから、高みを目指しながらも悩みを持つ選手の気持ちが痛いほど理解できます。悩みを選手と共有しながら、指導・サポートできる。この点は強みだと思っています」

スポーツニュートリションの世界で「目指す自分になる」べく、高校卒業後は本格的に栄養を学ぶことにする。栄養学はもちろん、食品学を学びたい思いも強かったことから、徳島大学へ進む。徳島大学は、食品が持つ機能性研究を積極的に行うことで知られており、特に県産品のスダチから抽出される成分(スダチチン)に健康機能性があることを研究によって解明している。

また、医学部に栄養学科が属していることから、国内でも有数の病院栄養士養成機関であり、臨床(現場)実習が多いことも特徴である。吉谷さんは栄養学の基礎を学び、多くの臨床経験を積んだ後、4回生時にはカロテノイド研究の第一人者・寺尾純二氏の下で大腸に関する研究に勤しんだ。

栄養学の勉強や研究に明け暮れる一方、スポーツ現場とは無縁の生活を送っていた吉谷さんだが、将来を決定づける出会いがあった。徳島県は、医薬・食料品製造・販売大手「大塚製薬株式会社」創業の地で、生産工場や研究所、本部などが所在している。陸上部の練習拠点も県内にあり、五輪や世界大会で活躍する選手を数多く輩出している。

吉谷さんが在学中、他の授業で講師を務めていた山上文子氏が陸上部の栄養指導を担当していたこともあり、スポーツ栄養学との接点を見つけた吉谷さんは、足しげく山上氏の下へ通った。スポーツ現場のリアルな話を聞くうちに、ますますスポーツ栄養学への興味を深めていった。「山上先生と出会えたのは幸運でした。今ある私の第一歩になったのは間違いなく先生の影響」。

スポーツ栄養学の道へ進むためには、まだまだ自分に足りない物があると自覚し、さらに知識や経験を積むために社会へ出ることにした。就職志望先は食品メーカー。食品やサプリを取り扱う企業に入れれば、スポーツ現場と栄養が結びつく機会が必ずあると考えていたからだ。商品を開発することにも魅力を感じていた。

2000年初頭は就職「超」氷河期といわれたが、強い思いが通じて総合食品メーカー「江崎グリコ株式会社」に採用された。

自分を磨くために研究の道へ、商品開発はめちゃくちゃおもしろい!

吉谷さんの配属先は健康食品の企画部で、商品コンセプト、販売ターゲット、配合原料の処方(組み合わせ)など、いわば商品の設計図を引く部署である。入社当初は美容系商品や腎臓病患者向けの菓子などの開発企画を担当していた。所属部署の近くにはグリコのサプリブランド「パワープロダクション」のチームもあり、スポーツ現場の話を聞きながらいつか訪れる現場での仕事を目標に日々を過ごした。

ある程度キャリアを積んで商品開発の仕事をしながらも、「自分は成長しているのか?」と危機感を覚えた吉谷さんは研究職へ転属願いを出して自らを磨く選択をした。この後11年、研究所で過ごすことになった。

「研究の仕事は、商品企画部の考え(設計図)を形にすることです。原料が適正量配合されているか、原料が持つ作用と商品コンセプトが一致しているかなど、さまざまなケースを検証しなければなりません。例えば、血行が良くなるサプリを作った時には、本当に作用するのかをヒト試験などで検証し、データ化することで有効性を示します。原料そのものを開発したこともありました。大学時代に研究していたといっても、それはかじる程度でしたし、研究デザインの作成、収集データの活用など、周囲の先輩方に一からしっかり教育していただいたおかげで、自分でも確かな成長を感じることができました」

「商品の研究・開発」という大きな武器を手にし、いよいよスポーツサプリの商品開発チームに加わることになった。スポーツサプリは、体感・効果がより求められること、ドーピング対策などより安全性が求められることがあるものの、自分が当初から志望していた分野で商品にかかわるすべてを担当できることにやりがいを感じた。

さらに、スポーツニュートリションが発展している海外の商品・原料の情報収集、実際に海外へ行っては大手サプリチェーンで消費者のニーズを探った。海外の商品や原料は、食薬区分の都合で日本では使用できない物もあるため、日本でも使用可能で同様の機能性を持つ原料に変えたり、配合量を変えたりして、新しい商品の開発にチャレンジしていった。

「めちゃくちゃおもしろかったですね、商品を0から作り上げていくことは。パッケージデザインも手掛けましたし、消費者への訴求メッセージなどは法律違反にならないような文言でいかに表現するか、みたいなところも楽しんでいました(笑)。今、スポーツ栄養学の専門家としてさまざまな活動をさせていただいていますが、商品開発を知る立場から話せる人はそんなに多くないと思うんです。

例えば、栄養講習を実施した時に『ジュニアプロテインは子供に飲ませていいのか?』といった質問を頻繁に受けます。ジュニアプロテインは体を大きくするためというより、カルシウムなど栄養が豊富な牛乳をたくさん飲んでもらう意味でポジティブに考えています。私も商品を開発したことがありますが、味をどうするかに重点を置き、パッケージにも『おいしく牛乳が飲める』と書きました。だから、私はこう答えています。『牛乳をおいしく飲むための調味料です』と。

こうした作り手のメッセージというのは開発現場を経験したからこそできますし、専門的な意見も踏まえてお答えできるわけです。サプリや食品摂取の是非に関しては、かなり詳しく説明できると思います」

商品開発に注力する一方で、ラグビーのトップチームや学生スポーツなど現場での栄養指導・サポートの機会を増やした。吉谷さんは、グリコが採用した管理栄養士第1号で、資格と経験をスポーツ現場でどう活用するかを自身で構築する必要があった。ちょうどこのころ、「スポーツ栄養」の概念が出てきて、日本スポーツ栄養研究会(現・日本スポーツ栄養学会の前身)で一緒に勉強する人から情報を得たり、指導のヒントをもらったりして、ノウハウを構築していった。

プロ野球チームの「食」を一手に引き受ける

吉谷さんは現在、プロ野球・阪神タイガースの食事・栄養面を一人で支えている。始まりは新人選手への栄養講習だったが、食からチームを強くしたい球団の意向を受けて、寮・ホテルなど選手の食環境の整備・改善、全選手の栄養管理・サポートと仕事は増えていった。

新人への栄養講習は、厳しいプロで戦うための体づくりを目的とし、栄養学の基礎を日常生活にどう落とし込むかを叩き込む。最終的には遠征先や寮、キャンプで「何を」「どれだけ」食べれば自分のパフォーマンスが上がるか、強くなれるのかを自分で考え、管理できるようにする。

「プロに進んできた選手たちなので、高校や大学で何らかの講習を受けて栄養学への理解はあります。昔はもっといい加減だったと聞いていましたが(笑)、選手たちは話したことを実践してくれますし、疑問があれば質問してきてくれますので、本当にしっかりとした考えを持っています。

例えば、米(ご飯)の量が足りない時、きちんと適量まで増量して食べてくれたり、野菜嫌いな人もきちんと食べてくれたりする。何もいわれなくても実践する。この姿勢こそがプロとしてあるべき姿で、私は食への意識を高めてもらうためにほんの少し後押ししているのです」

若い選手が生活の拠点とする寮、日本中を巡る遠征先での食事には少し改善の余地があった。特に、寮の食事はボリューム、味とも選手たちから好評だったものの、調理に油が使われている頻度が多かった。

「スタミナをつける、いわゆる肉系の茶色い食事が多めだったんですが、エネルギー消費の激しいプロの食事ですから、食べる量が多い分、野菜も相当量食べなければ栄養バランスが保てない。そういう意味では、野菜不足になりがちになるので、意識的に抗酸化ビタミンの野菜を多めに入れるようにしました。

今は、調理師さんの作ったメニューを栄養計算し、足りない物、入れるべき物を考えて、食材を変えています。もともとおいしい料理に少し栄養学の概念を入れた形で進めています」

吉谷さんは阪神に所属する1・2軍選手のすべてを観察しているが、投手と野手によって指導方針が異なるという。2軍野手の練習量が最も多く、朝に練習、日中は試合、夜は自主練習と1日中動いている状態なので、5000~6000kcal消費する。プロになっても学生時代並みの練習をこなして、1軍に上がろうと必死になっている証拠だ。

エネルギー補給だけでも同量以上必要になるが、食事だけでは補い切れないので、プロテインやアミノ酸、EAA(Essential Amino Acids:必須アミノ酸9種類)、その他サプリで補充するように指導している。商品開発をしていたからこそ、的確なサプリメンテーションを可能にしているのだ。

投手は1軍の方が運動量は少ない傾向にあり、登板間隔がある程度決まっている先発投手、出番が比較的不定期なリリーフ投手とも、「疲労回復」を第一に置いている。登板に向けた調整、水分の摂取法やグリコーゲンローディングまではいかないが糖質多めの食事にするようアドバイスしている。

「学生の場合、食事はトレーニングの意味合いが強く、とにかく食べて消化・吸収能力を高めて体を大きくする。どうしても、チーム全体・一律で『ご飯を一杯食べましょう』といった考えになります。しかし、プロは学生ではないので、個人でもっと能動的かつ効率的に物事を考える必要があります。動いた分、エネルギー補給しなければいけないのは同じですが、何もご飯を一杯食べなくてもサプリを有効利用しながら補給することもできます。

一人一人食事の摂り方や摂取しているサプリも違ってきますから、できる限り個人に沿ったアドバイスをし、選手はそこから得た知識を踏まえて、自分にとってベストな選択をするのです。食への意識が高い選手は自分を高めるため、常にアドバイスを求めてきますね」

今季の阪神は開幕から好調で上位をキープし、2005年以来のセ・リーグ制覇も見えてきた(9月21日現在)。選手個人の頑張りとチーム戦略が奏功して結果を残したが、食事・栄養面強化の影響も少なからずあったはずだ。吉谷さんと球団が取り組んできた改革が実を結んでいる。

「私のしていることなんて些細なことですし、選手が考えて頑張ったことなので影響はないと思いますよ(笑)。球団の方とも話しているんですが、まだ課題がいくつかあるので、今後チーム成績と食が直結するような取り組みをきちんとしていきたいと考えています。

今は、球団強化指定選手数人を指標にしてチーム全体のコンディションを見極めたり、食に課題のある選手をチェックしたりしていますが、必ずしもきめ細やかな指導ができているとは限りません。2軍選手への指導はまだまだだと思うので、これから改善していきたいところです」

サポートする人の思いを受けて支えていきたい

吉谷さんは、阪神の選手への栄養指導をする中でとても大事なことに気づいた。それは、選手を支える人たちの存在だ。選手の妻であり、保護者、部活動のマネジャーなどである。仕事上で選手の妻との交流を通じ、いろいろな悩みがあることを知った。そして、「誰かを支える人のために持っている知識を伝えたい」と考えるようになり、自らの活動の軸として挙げている。

「選手たちが考えて行動することはもちろんですが、家に帰ってから食べる物というのはとても大切になってきます。試合後に何を食べるかで次の日以降のコンディショニングにかかわってきますから。

部活動を頑張るお子さんの保護者も同じだと思うんですが、奥さんたちへの講習会で食事メニューや献立、食材選びにとても苦労していることがわかりました。栄養学を交えた話はもちろん重要ですが、毎日の食の悩みを解決するような話をした方が身近で役立つのではと思いました。

難しい話は一切なし。ビタミンが多く摂れる野菜の切り方だったり、栄養が残る保存法だったり、調理の話が中心です。献立、レシピ、季節によっての食の注意点、夏バテ、太りやすいオフ期の食など、自作のニュートリションレポートを作成して、家族一丸で選手を支えてほしいと思います」

母親の背中を見て「食」に興味を持ち、早くから自分の活躍する舞台を見定めていた吉谷さん。自分に足りないものを見つめて、その都度キャリアアップを重ねて、目指した自分にようやくたどり着いた。

食の悩みを抱えている人は数多くいて、スポーツ現場でもその重要性が浸透されつつある。しかし、スポーツニュートリションの世界は「食事」だけではない。栄養学と効率的な栄養摂取を実現するサプリメンテーションが同列に語られて有効活用されるようになれば、世界で戦える選手も多くなるはずだ。

選手の健康を支える意味でスポーツニュートリショニストも進化が求められる。研究の推進はもちろん、口にする物の安全性(ドーピング問題ほか)、それに伴うサプリの配合原料と処方(商品設計)などの知識、そして、科学的根拠のある指導やサポートも必要になってくるのではないか。

吉谷さんは、栄養学とサプリメンテーションを組み合わせた指導・サポートを実践し、研究、商品開発を経験している。言い過ぎかもしれないが、ハイブリッドな専門家といってもいい。これからスポーツニュートリションの道を志す人は、吉谷さんの姿を追っていると参考になるかもしれない。

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