スキージャンプとクロスカントリースキーと異なる競技を組み合わせたノルディック複合は、持久力・パワー・瞬発力など総合的な身体能力・技術の高さを求められる。その中で、総合成績に優れた勝者には「キング・オブ・スキー」の称号が与えられる。

かつて、日本にもキング・オブ・スキーがいた。アルベールビル、リレハンメル五輪団体の金メダリストで、世界大会で何度も頂点を極めた荻原健司氏だ。荻原氏は現在、長野市で市長を務め、選手時代に感じたスポーツの在り方を実現しようと行政を進めている。

長野県特集では、地域のスポーツと食の話題をお送りするが、荻原市長は選手と政治家の立場から双方を語ることのできる人物。前編では、選手時代に食がどのように役立ったかなどの振り返り、後編では行政の首長としてスポーツ行政・農政をどのように進めているかを話していただいた。

ダメもとで挑んだV字ジャンプ、時代を先取り頂点へ

編集部 キング・オブ・スキーの足跡をたどっていきたいのですが、ノルディック複合を始めたきっかけから教えてください。

荻原健司・長野市長(以下、荻原市長) 僕の生まれ故郷・群馬県をはじめ、長野県、新潟県などの雪国は、ウィンタースポーツが盛んで、子供たちはだいたい、スキージャンプと並行してクロスカントリー(XC)スキーもやるんですよ。大会の数も多いから、両方やっていればたくさん試合に出られますからね。

僕は、小学5年生の冬にジャンプから始めたんですが、指導者から「XCもやれ!」って(笑)。それで、両方(ノルディック複合)をやるようになったんです。

成長するにつれてタイプが分かれて、瞬発型の子はジャンプ、持久型の子はXCと1本に絞っていくんですけど、僕はXCが割と得意だったんで、前半のジャンプで多少記録が延びなくても、後半のXCで順位を上げてばん回する。自分の持つ運動能力と競技特性。これがとてもマッチしたんだと思います。

編集部 1991年3月のワールドカップ(WC)・サンモリッツ(スイス)大会で世界デビュー、翌年にはアルベールビル五輪(フランス)のノルディック複合でいきなり金メダル。瞬く間に世界の頂点を獲りました。

荻原市長 高校2年生の時にジュニアで世界は経験していて、シニアは大学2年生の時だったかな。そのころちょうど、ジャンプ界では革命が起きて、V字ジャンプという新しい型が生まれました。

V字以前までは、顔の前でスキー板をそろえる「クラシックスタイル」が主流だったんですが、スウェーデンの選手(ヤン・ボークレブ)がV字に変えて距離が飛躍的に伸びたのを知った何人かの選手がチャレンジしていました。

ただ、クラシックの選手が大半だったので、V字に変えることで飛距離が伸びなくなるのではないかという心理があったのでしょう。当時は、ちゅうちょする選手がほとんどでした。

その点、僕はジャンプが下手。苦手ではなくてね(笑)。何とか打開できないかと思っていたので、V字をすぐに取り入れたんです。もともとうまくできていないんだからって気持ち。だから、思い切って取り組むことにしたんです。

そうしたら、みるみるジャンプの飛距離が伸びて。前半のジャンプで他選手に差をつけて、後半は得意のXCでさらに引き離す。この戦法がハマって急激に成績が向上しましたね。

・1991~92年シーズン:3戦1勝(アルベールビル五輪 団体金メダル含む)
・1992~93年シーズン:10戦8勝(WC、世界選手権など)
・1993~94年シーズン:11戦6勝(リレハンメル五輪 団体金メダル含む)

V字に転向してから、ある意味リセットができたというか。スキー技術の大きなターニングポイントに立ち会って、いち早く取り入れた。世界でみても、かなり早くV字転向に着手したんじゃないかな。

新しい技術を取り入れるのか、従来のままでいるのか。この差って大きいんですよね。僕の場合、他選手よりも1シーズン早く取り入れているので、アドバンテージができる。気づいた時にV字転向しても、それは最先端ではなくなるんです。

結局、スポーツの世界でも「情報力」というのがモノをいいます。今のデジタル化社会もそうじゃないですか。変化があった時にいち早く最先端の技術を取り入れるところで時代をリードする。「決断する勇気」というのも、スポーツの世界でも大切なことなのではないでしょうか。

編集部 2大会連続で金メダルを獲得するなど、当時最も世界で活躍した日本人でした。1998年に自国開催の長野五輪を控えて期待が高まる一方、スポーツ選手の宿命ともいえる年齢との戦いも始まります。

荻原市長 長野がもっと早ければ良かったのにねぇ(笑)。まぁ、そこは置いておいて、年齢からくる衰えって自覚はないんです。

例えば、ジャンプ。すごく調子がいいのに飛距離が出ない。前にできていたことができなくなる。これが不思議でたまらないんですよ。練習も積んでいるし、体力も全く落ちていないのに。「なんでだ?」と考えるようになって、何をやっても楽しくないし、辛くなってくる。

技術で気になるところが出始めると、心理面にまで影響を及ぼすようになり、負のスパイラルに陥る。そんな状態で選手生活を続けていましたね。

「もうやり尽くした」と思って引退するんですが、おもしろいことに、成績が伸びなくなった原因は引退してからわかるんですよ。結論としては、技術的に間違っていました。指導者の下で適切なコーチングを受けていたんですけどね。

僕もうやむやにするのが許せない質なので、引退後も国体とか出ていましたし、市長になる直前まで競技を続けていました。それは、技術を追求するためです。

引退後の競技生活から、成績が伸びなくなった理由を探ると、ジャンプの時に滑り出してから飛び出す前のかがみ込みが小さくなっていたことがわかったんです。引退してから10年、「何でここに気づかなかったんだろう」って。

この経験というのは、指導者になってからすごく役立ちましたし、後輩たちに自分のような悔しい思いをさせたくないという点で非常にいい気づきでした。

いいことも悪いことも経験し、ノルディック複合という競技を突き詰めていって最後には疑問も解き明かすことができた。悪くない競技人生だったと思っています。

何でもたくさん食べられる〝胃力〟 食環境も自ら整える

編集部 選手時代の生活を振り返りたいのですが、スポーツ選手にとって重要な食。現役時代、どのように向き合っていたのかをお聞きします。

荻原市長 世界で戦っている時に、スポーツ栄養学やサプリメントがちょこちょこと出始めていました。91年とか、92年とかそのくらいでしたかね。僕も気になったので、全日本スキー連盟のスポーツドクターに「どんな物を食べたらいいか」と相談したことがあったんです。

そうしたら、「普通の食事をしていれば全部摂れるんだから、サプリやプロテインなんかいらないよ」と。僕も「ああ、そうなんだ」と思って、それっきり。代表チームの合宿とかで専門家からのレクチャーがあって、炭水化物、たんぱく質、ビタミン類などは重要ということだったので、意識して選択するようにはしていました。

XCは持久力がモノをいう競技なので、エネルギー源になる炭水化物は特にしっかり食べるようにしていましたね。日本にいる時は米があるのでいいんですが、欧米に行くとなかなか手に入りにくい。

そういう時は、宿舎の厨房までいってパスタを作ってもらったり、炭水化物を摂れるような食べ物をリクエストしたりしていました。ヨーロッパはパスタ文化で、どこでも手に入りやすい食材ですからね。イタリアは抜群においしかった記憶があります。

そうそう、イタリアで合宿していた時、いつものようにパスタをリクエストしたんです。「カルボナーラを作ってください」って。そうしたら、シェフが「競技前に消化が悪いから、ゴルゴンゾーラにしておけ」って言われたことがありました。

このシェフは自分でもXCをやるし、多くのスポーツ選手を見てきて、カルボナーラが良くないというのを知っていたんです。それから、「あぁ、競技前に適した食べ物ってあるんだ」と学びました。もう30年くらい前の話ですが、海外ではすでにスポーツ選手と食について考えられていたということになりますね。

サプリは、先生のアドバイスから一切摂りませんでした。自然な物から食事を摂って僕は十分やれてきましたし、結果も出ていましたので。海外の選手の中には、スーツケース一杯にサプリのボトルを詰め込んで来るんですが、そういう選手ほど結果が出ていませんでしたね、僕が見てきた中では。

競技以外で気を使う部分が大き過ぎて、依存しているようにも見えるんですよね。サプリやプロテインで強くなるわけじゃないんだから、そこじゃないと。そう思っちゃうんです(笑)。

おいしいと思う物をたくさん食べて、ストレスのない食事を摂る。持久系競技なので、体重が減ることはあっても、体重が増えることはなかったですね。食べないと力が出ないし、食べても食べても問題なかったです。何でも食べていましたし、胃袋が強かったといえますね。今振り返ってみても、世界で戦うためには、食も重要なポイントだったというのは間違いないです。

不自然の中に自然を求めて世界に通用する体づくり

編集部 キング・オブ・スキーがどのようなトレーニングをしていたのか? 頂点を極めるために並々ならぬ努力をしていたことが想像できます。

荻原市長 それこそトレーニングは本当に飽きるくらいやりましたよ。一方で、いっぱい食べていっぱい動けば筋肉は自然とついていくとも考えていました。

僕は、赤い筋肉(遅筋=持久力を発揮する時に必要な筋肉)が多いタイプだから、短距離とか垂直跳びとかは他の選手よりも劣っていました。ただ、スキー競技というのは、技術がモノをいいますし、道具を上手に操ってこそみたいな点がすごく強いんです。だから、瞬発力やパワーを高めたとしても、競技の構成上、それが重要ではない部分もあります。

現役時代は、午前中30kmくらい走って、午後はウェイトトレーニングをしたり、全身の筋肉を動かすという意味でテニスをしたり、自転車に乗ったり。食後は軽くウェイトトレーニングをする。そんな流れが多かったですね。

ウェイトはいわゆる、重量挙げのようにシャフトにおもりがついたシンプルな物(バーベル)を使っていました。近代的なトレーニングマシンはあまり使ったことがなかったですね。

昔の映画で「ロッキー」ってありましたよね。主人公のロッキーが丸太を抱えたり、舗装されていない道を走ったりして体を鍛え上げ、科学的なトレーニングをするロシアのボクサーに大苦戦するんだけど、最後には勝つという。

あれって、一理あるなと思っていたんです。不自然の中に自然を求めるというか。ノルディック複合は、空中を舞ったり、雪の上を滑り続けたり、日常ではありえない動きをするわけです。

マシンでは、そのありえない動きをするための体づくりには適していないと考えていました。バーベルは持ち上げた時に体のバランスを崩すと事故になる恐れがある。でも、そうならないために、足を踏ん張ったり、バランスを取ったりしなければいけないので、全身の筋肉を上手にコントールすることも覚えられる。

何か人工的で僕の性に合っていなかったというか。マシンよりも自重でのトレーニングなど原始的な物が多かったです。自然の中でおこなう競技なので、体も自然に鍛え上げていった方がいいというのが持論でした。

王者のメンタリティは「経験」によって養われる

編集部 大きな試合で勝ち続けてきましたが、心理面がタフでないとなかなか結果が出ないと思います。メンタルはどのように保っていましたか。

荻原市長 どのスポーツもそうですが、「好き」「楽しい」がないと頑張れませんよね。僕は、最後までこれがありましたので、長く続けられたんだと思います。スポーツって一番はそこじゃないですか。

今のスポーツ界ではメンタルも重要ってことが認識されてきていますけど、メンタルトレーニングは1度だけやったことがあります。精神的に落ち着いている時の心拍数を計って、それを試合でも維持しましょうというもの。鼓動のコントロールみたいな。

今とは格段に違いますけど、その時は「まぁ、いいかな」と思って、あまり重視していませんでした。試合になればプレッシャーはかかるし、落ち着けない自分もいる。結局、プレッシャーがかかる場面を何度も経験しないと克服できないと思いますよ。

アルベールビルが五輪初出場だったんですが、全くプレッシャーはなかったです。単なる純粋なチャレンジャーでしたし、メダルを獲れるなんて誰も思ってもいなかった。飲まれることもなく、勢いで金メダルまで行ってしまったっていう感じですね。

リレハンメルの時は「前回、金メダルでしたから、次もお願いします」みたいな空気になる。これがプレッシャーになるわけで…。でも、それを押しのけて、アルベールビルの時のような感じで挑もうと思っていました。

ずっと成績が良くて、順風満帆な選手なんてほとんどいないと思うんですよね。僕の場合、ダークホースの立場、王者としての立場、結果が出なかった時と、いろいろな経験をすることで競技を長く続けられてきました。

ケガや不調に向き合って、打ち勝った選手だけが頂点に行ける。さまざまな経験をすることで心が鍛えられますし、試合に臨む準備ができるのだと思いますね。

日本のノルディック強化には高いハードルが…

編集部 「NEXT荻原」という存在がなかなか出てきませんでしたが、その背景をどのようにみていますか。競技の環境面も含めて見解をお願いします。

荻原市長 そうですね。最近では、渡部(暁斗)君や山本(涼太)君が出てきて、ノルディック複合も世界で戦えるようになってきました。ただ、世界で戦う選手と他の日本人選手のレベル差が大きいように思います。

実は、海外と比較すると、日本の競技人口は多いんです。だけど、大会や試合が極端に少ない。以前と比べるとどんどん減ってきています。これは、「経験」を得る場が少なくなっているともいえますね。

北欧、特にノルウェーでは、ノルディック複合が国技になっていますので、「おらが町からメダリストを」という機運がものすごく高くて、国内で選手同士がしのぎを削るんです。そういった土壌が強国にはありますね。

ドイツやフィンランド、オーストリアでもジャンプ台やXCのコースがいくつもあって、老朽化すればすぐに修繕しますし、シーズンになればきれいな状態で子供たちや選手がいつでも練習できるように整えられている。国・地域として競技環境を大事にしていることがよくわかります。

日本で同じようにできるかとなると、なかなか難しい部分があります。少子化もあって競技人口は減少傾向、使う人もいない。昔使っていた大会や練習施設は雑木林みたいになっていて、改築するにしても予算が下りない。費用対効果ではありませんが、大規模施設を維持・管理して何人が使うんですかという話になってきますから。

競技人口の減少は、ノルディック複合を競技するにはお金がかかることも影響しているでしょう。ジャンプ用、XC用のスキーを用意しなければいけませんし、用具も安くありません。

それに、親がやっていたからという理由で始めている2世、3世選手が多いのも特徴です。家族何代にもわたって競技に取り組んでもらうことは素晴らしいですが、他に競技者を増やす方策を考えなければいけませんね。

ノルディック複合の魅力、選手の活躍(憧れの選手の出現)、環境面の整備、指導体制、予算など…OBとしても、市政の首長としても取り組むべき課題は山積みですが、真剣に向き合っていきたいと思っています。

スポトリ

編集部