日本女子体育大学・伊那西高校新体操部・橋爪みすず監督は、地元・長野県の新体操界を強化したいと志し、ジュニアからの一貫指導、食とトレーニングを科学的に取り入れ、選手・チームを強化してきた。

後編は、橋爪監督がおこなった自己改革、各専門家らと協力しながらおこなった指導についてお伝えする。

アカデミックな視点から選手たちと向き合う

最強メンバーで挑んだ全国大会で想定外の低迷、そして長野県内での敗退。自身の指導方法を根本的に見直そうと考えていたちょうどそのころ、自身を変える絶好の機会が訪れる。結果的に、それが悪い流れを断ち切ることになった。

「教諭として生徒に進路指導をしている中、松本大学がスポーツ健康学科を新設し、社会人も受けつけていると知りました。松本市内なら指導の合間を縫って勉強でき、何かが変わるのではないかと考え、すぐに行動へ移しました。以前から科学的、かつ最新の知識に基づいた指導を模索し続けていたこともあって、すごくいいタイミングでしたね」

チームが不調だった2012年ごろ、送迎・弁当作り・指導と年中選手たちと向き合い、生徒の授業・担任などでも多忙を極めて、心身が疲弊して余裕がもてなかったと振り返る橋爪監督。大学へ通うことで違う世界を見ることができ、大学院で若い学生や知識に触れることで刺激を受けた。

「一定の知識は持っていましたが、大学で新たな学びを得ることは一種の気分転換になりました。何よりもスポーツ関係の専門家たちと心を通じられたことはとても大きかったですね。『一人で全部やらなくてもいいんだ』『任せてもいいんだ』と。

子供たちの体重管理にすごく苦しんでいたこともあって、当時一緒に勉強していた管理栄養士さんにコンディショングをお願いし、パフォーマンス向上のための体づくりはトレーナーに任せ、三者で子供たちを指導していく形に変えました」

体づくりと栄養の専門家がチームに加わり、選手たちにも「大事なのは体の中身だから、大学で一緒に勉強しよう!」と声をかけた。こうして橋爪監督の意識改革はスタートする。

大学には専門知識の伝達をしてもらうことで橋爪監督、選手たちは理解を深め、反対に新体操選手の食生活などの情報を大学へ提供し、研究を進めてもらう。相互関係が成り立っていた。

「私の学生時代は、気合いは知識を超えるみたいな教育を受けてきました。でも、大学へ行って改めて、スポーツは科学と思い知らされましたね。指導者なんだから、科学的根拠に基づいた指導をしようと。当たり前なんですけどね(笑)」

指導者による体重管理をやめた時、選手たちに自主性が生まれた

芸術性が問われる新体操。演技のパフォーマンスはもちろん、見た目も重要な要素になる。競技特性から「減量」が必要な時もある。

一方で、行き過ぎた減量はFAT女子スポーツ選手の3主徴へのリスクが生じ、引退後の女性の生活に支障をきたす恐れもある。松本大学へ通う以前までは、橋爪監督も「痩せさせなければいけない」という思いが強かったようだ。

「見た目でポチャッとしていたら、体重を計っていたし、練習後も走らせて減量させていました。寮で共同生活をしていたころは、練習が終わるとサウナへ連れて行って、夕食はヨーグルトだけ。そんなときもありましたね。

心に余裕がなく、年中監視していないと食べちゃうんじゃないかと常に不安で…。とにかく見た目と体重だけで管理していました。

減量を達成してチームが好成績を挙げた〝ご褒美〟に『減量しなくていいよ』といえば、1週間も経たないうちにリバウンド。

2~3人の子供が望む体重にならなかったことで、連帯責任のような形で追及するようなこともして…。あのころは、自分の言動がチグハグしていたと思います」

栄養学の専門家の介入によって、体組成の計測や栄養調査などをベースにアカデミックな視点を持つようになり、選手たちのコンディション推移はデータで客観的に観察することにした。

「私の発する『体重計持ってきて!』の言葉。子供たちにとって相当なプレッシャーだったと思うんですよね。それを言わなくなってから、子供たちは『何かが変わった』と悟り、練習前、合間、練習後と自分たちで体重を測るようになりました。言わなければ、自主性が芽生えるんです。

私も補食のおにぎりを持たせる時、以前までは1個でも多いと思っていましたし、痩せさせるためには食事の量をできる限り少なくしていました。今は2個渡して、2個食べてもいいし、多いと思うのなら1個でもいいよと伝えて、あとは本人に任せます。それができる子たちですから。

『食べさせてはいけない』から『自分で選ぶ・調整する』への発想の転換。体重管理も自身でやってもらい、私はそこに立ち入らない。そう決めてから、うまく回っていった気がしますね。少なくとも減量に関する問題は最小限に留まっています」

絶対不可欠な炭水化物、FATへの対策も脳裏に色濃く

橋爪監督は「新体操の運動強度は、陸上の800m走と同じ」と話す。つまり、持久力と瞬発力が必要で、さらに爪先まで美しさを表現するために全神経を使い、演技全体の芸術性も高めなければならない。心身ともに過酷な競技ということが想像できるだろう。

現在、2019年から教べんを執る母校・日本女子体育大学で、橋爪監督は学生たちに競技を知ることの意味について講義をしている。その中で、新体操を体験してもらう機会があるそうだが、スポーツで鳴らした学生たちでも「かなりキツい」と音を上げるほどだ。

ハードな運動量を誇る新体操で、最後まで演じ切るためにも食べる物によるエネルギー補給は必要不可欠。橋爪監督の食事に対する向き合い方は確立されている。

「新体操に適した食事というのは存在しませんが、摂取すべき総カロリー、消費カロリーと摂取カロリーのバランスは特に重要だと考えています。このバランスが崩れると、健康面でリスクが生じます。

例えば、痩せすぎている子には栄養士さんと相談したうえで、摂取タイミングと何を食べればいいかを具体的に示し、常に消費エネルギーが摂取エネルギーを上回らないように気を配っています。

エネルギー不足になると、集中力の欠如やケガにもつながりますから、新体操選手にとって炭水化物は絶対に抜いてはいけない物といえます。どの競技でも共通していることでもありますが」

運動パフォーマンスを上げるための練習は、休日になると長時間に及ぶ。選手たちは休憩の合間にエネルギー補給を自身の判断で頻繁におこなっており、橋爪監督の考えはチームに浸透しているといっていい。

「あとは、適正な体脂肪を保つことが大事ですね。減量とも相関があって、月経にもかかわってくるので、かなりセンシティブに捉えています。

伊那西でも月経が来ない子や周期から遅れる子もたまにいますが、『体脂肪をコントロールすれば大丈夫』『遅れているけど来るよ』と、まずは安心させる。どうしても不安がある子は産婦人科で診てもらったり、体脂肪率が上がってこない子には、栄養面での改善を試みたりしています。

子供たちの将来にかかわってくる問題でもありますから、何もないように、もし何かあってもすぐ対処できるように万全を尽くしています」

月経について今、指導者・選手の意識・理解が求められている。選手たちから出る「月経が来なくて不安」の声は、「月経が来なくてもいい」というスポーツ界にいまだ残る非常識を否定するもの。橋爪監督が選手に寄り添った指導をしていることがよくわかる。

「完治まで長期化する疲労骨折の事例はこれまでありません。ここもデータを細かく観察していて、同年代比で骨密度が100を下回る子が出てきた場合、栄養改善などのアプローチが必要になると思います」

FATへの警戒は常に頭にあり、橋爪監督は選手たちの今と将来を見据えて指導を続けているのだ。

おいしい食事は基本、栄養に対するハードルは低い方がいい

伊那西、日本女子体育大学の選手には、今でも橋爪監督が弁当を作っており、栄養バランスはもちろん、おいしさにもこだわっている。橋爪監督の作った弁当を参考に、選手たちも実践しているようだ。

「主菜1品、副菜2品、ビタミン・ミネラルが摂取できる野菜類は必ず入れる。これも基本。実は、松本大学で栄養学を学ぶ前までは、『とにかく作ればいい』と思っていたふしがあったんです。

思いは伝わってしまうのか、当然選手たちからも『おいしくない』と不評だったようで(笑)。当時の不安定な精神状態をよく表していたと思うんですが、今の食事はみんな『おいしい』と言ってくれます。

だから、おいしく食べてもらいたいという気持ち、おいしいと思えるような相互の関係を築くことも大事なことですね」

橋爪監督が私財を投じて建てた寮には、今でも選手たちが共同生活を送る。栄養に対する理解度はあっても、いざ実践することはなかなか難しい。橋爪監督らは、食品選びの観点から選手と保護者にも教育する。

「私自身も経験していますが、毎日弁当を作るのは大変です。親御さんの苦労はすごくわかります。

試合時には栄養士さんに用意してもらいますが、それ以外の時に選手が寮で自炊するのもハードルが高い。親御さんも毎日のメニューづくりに頭を悩ましていることでしょう。それなら身近な物を活用しようという考えです。

例えば、コンビニエンスストアの商品。コンビニの商品は添加物が多くて体に悪いというイメージを持たれるかもしれませんが、私はそうではないと考えています。

商品の食品表示を理解すれば上手に活用できるので、子供たち(保護者)にもそれを教え、自分に必要な物が正しく選択できる知識を持ってもらえれば問題ないと思っています。

ある意味、楽をする、栄養に対して敷居が高くならないような考えを持ってもらった方が受け入れやすいのではないでしょうか」

こうした教育について、選手たちの行動から理解が進んでいると橋爪監督は目を細める。

「例えば、遠征先のホテルで朝食が出された時によくわかります。以前までは量を少なくして、物理的に軽いパンなどを食べればいいと勘違いしているところもありましたからね。

今は、お皿にぎっしり料理が載っているのを見ると安心します。自分で考えて、必要量をきちんと取っている証拠ですから。

繰り返しになりますけど、『食べてはいけない』というのではなく、『考えて食べる』を実践してもらう。そのために、指導者が感情論ではなく、根拠をもって教育すること。これに尽きます」

試合時を想定した心拍数をイメージ、トレーニングも戦略的

新体操の競技時間は、個人で1分30秒、団体になると2分30秒に及ぶ。パフォーマンスが落ちることなく全力で競技を終えられるように、トレーニングで体を強化する必要があるが、橋爪監督の考えは非常に実践的だ。

「体の関節を緩めるアイソレーション、体をしっかり支えるための筋肉づくり、バランス感覚を養う体幹トレは欠かせません。伊那西ではさらに、心拍数を意識的に高く上げるためのトレーニングをしています。

試合時の心拍数はだいたい180くらいまで上がることがわかっていて、普段の練習でも試合と同じ心拍数にすれば、平常心で臨めるようになるのです。心拍数を上げる要因は緊張など心理面も関係していますからね。

試合時の心拍数から筋肉の動きやハリもわかるので、子供たちが普段から知っていることはかなり大きいんです。この効果で、緊張することなく、パフォーマンスを発揮できるようになりました。試合時の再現性を求めた上で、さまざまなトレーニングを積んでいます」

橋爪監督によれば、新体操は静的トレーニング(筋トレ)が主で、体を大きく使って循環機能を上げたり、心拍数を上げたりするような動的トレーニングの発想はないとのこと。両方をおこなうことで、選手たちの動きは飛躍的に向上した。

実際に、新体操部の選手たちは、全国トップレベルのスピードスケート部(金メダリスト・小平奈緒は同高出身)の選手たちと比べても、校内のスポーツ大会で上位を争うほど。

「トレーニングは、運動能力を上げる目的がありますが、体自身も当然強くなります。伊那西に来る子はみんな、高校入学までに体のどこかに痛みを抱えています。コルセットが手放せなかったり、行きつけの治療院に通院したり。

でも、私たちは、食とトレーニングで体を作り上げて中身を変えていくので、半年もすれば痛みも不調もなくなっていくんです。子供たちも成果を実感するわけですから、両方が大事ということを身に染みてわかってくれていると思います」

栄養とトレーニングの専門家の協力、自身の意識改革、選手たちの理解は進み、2012年から始まった〝プロジェクト〟は早々と成果を出す。

2013年には全国の舞台へ返り咲き、2014年には過去最高のIH3位。そして、「長野県の新体操を日本一に!」と誓ってから約25年、2015年のIHで悲願の初優勝を果たした。以降も準優勝するなど全国トップ6圏内を維持している。

指導者の知的好奇心がチームを向上させる

橋爪監督は現在、高校生から大学生への指導に軸足を向け、日本女子体育大学で指揮を執っている。指導する中で、世代間のギャップを感じているようだ。

「大学には寮がなく、選手のほとんどが一人暮らしをしていて、食事は自炊。伊那西から来ている子は知識を持っていますけど、生活は乱れる傾向にあります。

大学生は大人で自我も芽生えているので、高校生のように教育し、データで管理するようなことは難しいですね。就任当時は叱咤・激励を含めた精神訓話的な指導をしていましたが、最近では技術的な指導、演技づくりをメインにしています。

日本女子体育大学はチームの伝統もありますから、伊那西とは違った形の指導・チーム作りを進めているところです」

指導者として、食やトレーニングに力を入れ、高校・大学で結果を残す橋爪監督。現在、指導現場では、専門家が積極的に介入する体制には至っていない。

予算規模の大きい学校はともかく、教員への負担が大きくなっていく昨今、知識の入手、専門家との連携など、現場レベルで乗り越えるべき課題は多くある。

「指導者の多くは、どこから始めていいか悩んでいらっしゃるかもしれません。意識の高い指導者は強化の過程として、栄養・トレーニングに当然目を向けます。

極端な話、スポーツ現場では命を失う可能性もあるわけで、指導者が選手たちに負う責任の多くは『健康を保証すること』なんです。責任を負うことに対して、時間がない、興味がない、専門家を雇うお金がないというのはNGだと個人的には思っています。

これは、チームの強弱関係なくいえることで、弥生が丘や伊那西もいわば弱小校から始めて、栄養やトレーニングを受け入れて成長していったわけですからね」

多くの指導者は現実を見ながら、選手を見ることになるが、必要な知識を受け入れるためにはどのようにしたらいいのか。

「まずは、指導者が好奇心を持つこと。そこからではないでしょうか。自分の勉強にもなるわけですからね。

選手たちを教えるためにやらなければいけないではなく、自分が興味・関心を持てるかどうか。勉強を通じて人とのつながりもできていくので、面白みはきっと出てくると思います。

今は、オンライン化も進み、情報を収集する手段がないわけではありません。選手も勉強、指導者も勉強し、前進し続けていくこと。私自身にもそれは言えることですね。

栄養やトレーニングとの向き合い方、新体操選手の管理方法など、合同練習などで一緒になった時は情報を共有していますし、実際に取り入れるチームもありましたね。

また、日本スポーツ協会の指導者講習会でも情報を発信しながら、選手たちにより良い環境を作ってもらえるようにアドバイスを続けています」

中・高校生の女子選手は特有の生理現象も絡んでくるため、指導者には技術指導だけでなく、相応の知識と理解が求められる。現状では、まだまだ浸透していないという印象だ。

橋爪監督による高校生へのアプローチは先進的で、何より情熱なくしてはここまでできない。時には、情熱が空回りすることもあったが、自身の指導方法を省みて、結果的に正しい方向へと選手たちを導いた。

橋爪監督の考えや歩んできた道のりは、新体操に限らず、悩める女子選手の指導者にとってヒントになるのではないか。大学での指導に熱が入る中で大変だと思うが、先頭に立って実践例・アドバイスをしていってほしいと願う。

学校法人 二階堂学園 日本女子体育大学

女子スポーツ選手の指導を進めた二階堂トクヨが創立した「二階堂体操塾」を前身とする私立女子大学。1965年に設置された。

運動・スポーツ科学をはじめ、幼児発達学、子供運動学など世代、競技問わず、スポーツにかかわる専門知識が学べる。

同大からは日本人女性初のメダリスト・人見絹枝らをはじめ、多くのオリンピアンが輩出されている。

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