今期MLBのホームラン(HR)ダービーでトップを独走するニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジ(外野手)。名門チームの第16代キャプテンはこれまで、リーグMVP・HR(2度)・打点のタイトルを獲得。2022年には62HRを放ち、先輩のロジャー・マリスが持つアメリカンリーグ記録を塗り替えた。

プロキャリア9年目で区切りとなる通算300HRを達成し、長い歴史を持つMLBで達成が200人にも満たない高みに上り詰めた。

3431打席での大台越えは驚異的なハイペースで、現役最多の通算HR数を誇り、長距離砲デュオを組む同僚のジャンカルロ・スタントン(外野手、422HR)が要した4141打席よりはるかに少ない。

歴代通算HR数トップのバリー・ボンズ(762HR)、2位ハンク・アーロン(755HR)、3位ベーブ・ルース(714HR)はいずれも、300HRまでに5000打席以上を要していることから、ジャッジはMLB史で見ても、極めて〝HR効率〟の高い選手ということになる(2939打席・207HRの大谷翔平は、ジャッジより少し遅いペース)。

リーグ随一のバッターとして相手投手の脅威であり続けるジャッジは、どのような過程でHRを量産するようになったのか。

(数字はすべて、現地時間2024年8月13日現在)

才能よりも〝人間力〟を重視した両親の下で

ジャッジは1992年4月26日生まれの32歳。生後間もなく、カリフォルニア州リンデン在住のウェインとパティ夫妻に養子として引き取られた。父のウェインは「ミュシュランのタイヤみたいに大きかった」と、ジャッジとの初対面を冗談交じりに振り返っている。

生まれつき体が大きかったジャッジとはいえ、幼少期・成長期に十分な栄養がなければ、超大型野球選手は誕生しなかったかもしれない。ジャッジのおう盛な食欲に関して、母のパティがmlb.conに明かしている。

「120ml(1カップ)の粉ミルクでは満足しなかった。それは単なる前菜。彼をなだめるには、オートミール入りの粉ミルクも用意する必要があった」と、スポーツ選手に必要な〝食事力〟もすでに備わっていたようだ。

また、「幼いころにボールを渡した瞬間から、特別な才能があることはわかっていた(mlb.com)」とウェインが話す通り、ジャッジが将来プロスポーツ選手になることが想像できたという。

一方で、ジャッジに特別な才能があったとしても、両親が望んでいたのは「いい人間になってほしい」だった。ともに教師だったことから、学業最優先。すべてのことに対して優先順位をつけ、スケジュールを立て、時間を無駄にしないようにとジャッジは教育されていた。

ジャッジは10歳代から進んでボランティアに勤しみ、毎週末に早朝からゴミ拾いをしながら地域を回った。チームメイトと活動を共にすることで、絆が深まること、チームワークが大切なことを学んだ。

高校時代のジャッジは、地元ではスポーツのスター選手として脚光を浴びる。野球では投手と一塁手を務め、バスケットボールではセンター(C)でチームの中心選手。アメリカンフットボールではワイドレシーバー(WR)として17タッチダウン(TD)を決め、学校記録を作っている。

各競技で有り余るほどの才能を発揮したジャッジには、多数の強豪チームから誘いがあり、中でもオークランド・アスレチックスは、高校生のジャッジをドラフト上位で指名するほど熱を入れていた。

しかし、ジャッジは両親が通っていたフレズノ州立大学へ進む。優先順位を野球に定め、学業を疎かにしないという両親との約束を守った。

1年目には打率.358を記録してフレッシュマン・オールアメリカンに選出され、すぐに頭角を現す。大学時代の3シーズン(2011~2013年)で、全カンファレンスのファーストチームに名を連ね、プロ注目のトップ選手として2013年のMLBドラフト1巡目でヤンキースから指名。プロ入りを果たした。

プロキャリアを積んだジャッジはその後、マリスのHR記録を破って大偉業を成し遂げた時、両親への思いを隠すことなく語っている。

「母がいなかったら、ヤンキースに入れなかった。子供の頃に母から受けた指導、善悪の区別、人との接し方、人よりさらに努力することなど、母のおかげで今の僕があるんです(mlb.gom)」

「仕事から疲れて帰って来て、嫌だとわかっていても、僕は父にキャッチボールをせがみました。でも、父はノーとは言わず、文句も一切吐かずにつき合ってくれた。私にとって、父は今でもヒーローなのです(米週刊誌「ピープル」)」

自身がヒーローになりながらも、「いい人間」にしてくれた両親への感謝を忘れないジャッジ。HR王の前に、人を磨いてきたジャッジは現在、母とともに次代の子供たちへの支援を積極的におこなっている。

名打撃コーチとともに空振り癖を克服、HR王へ

HRを量産し続けるジャッジにはこれまで、技術面とコンディションに問題があった。メジャー昇格後に陥った空振り癖と三振の多さ、ケガによるパフォーマンスの低下である。

空振り癖の克服には、ジャッジの師といえるアラン・コックレルの存在がある。コックレルは13年間のマイナー生活を経てメジャー昇格を果たし、国外でもプレーした後に引退・指導者へ転身。コロラド・ロッキーズ、シアトル・マリナーズ、ヤンキースなどで多くの選手を指導した。

2007、2008年に在籍したロッキーズでは、マット・ホリデー(316HR)を指導し、HRと打点の2冠達成に大きく寄与した。ヤンキースは2016年、長距離砲育成に長けたコックレルを招へいし、メジャーデビューしたばかりのジャッジの指導を任せた。

「素晴らしい才能がある」とジャッジを絶賛したコックレルは、さらなる成長のためにアドバイス。それを受けてジャッジは、打席に立った時に右足をバッターボックスの後ろに突き出し、左足は肩より少し広く、約2インチ後ろに下げたオープンスタンスへとフォームを変えた(動画:当時のジャッジ)。

コックレルはこの意図について、「空振り癖はメジャーに上がったばかりの若い選手に起こりがちなこと。最後までボールが見られるような姿勢を保ち、大柄な彼の体をしっかり踏ん張れるように右足の位置を変える必要があった」としている。

打撃フォーム改造が奏功し、ジャッジはメジャー昇格2年目の2017年には52HRを放ち、打点王との2冠に輝いた。アレックス・ロドリゲス(696HR)、マーク・テシェイラ(408HR)と長距離砲が去り、若返りを図るヤンキースの中心選手となった。三振も同年を境に明らかに減少傾向にある。

現在のジャッジは、当時のフォームから変化(動画:現在のジャッジ)。後述する食事とトレーニングに依るものも大きく、各チームから厳しいマークにあいながらも、それを上回るほどの進化を果たした。

超大型選手はケガが多い!? 食生活の改善でリスク減少

ジャッジは、200cm/128kgと野球選手としては規格外の大きさを誇る。アメリカスポーツ医学研究所のグレン・フライシグ氏によれば、ジャッジのような超大型選手(198cm~/113kg~)はMLBに過去7人しかおらず、そのうち300試合以上出場しているのはジャッジを含む3人のみ。

超大型選手が少ない背景としてフライシグ氏は、MLBより高額なサラリーが支払われるNBAやNFLなどに人材が流れていることを挙げながら、超大型選手特有のケガのリスクの高さとコンディション調整の難しさを指摘している。

超大型選手は、他選手と比較して筋肉量が多く、そこから生み出される圧倒的なパワーで、高いパフォーマンスを発揮することができる。一方、筋肉を支えるじん帯や腱は、筋肉量に比例して強化されることはなく、動作が繰り返されることでダメージが蓄積し、損傷や断裂のリスクは他選手よりも高くなるという。

また、長いシーズンで投げる・打つ・走るなど複雑な動きを伴う野球では、体が大きければ大きいほど、コンディション調整は完ぺきに近い形でおこなう必要があり、ウォーミングアップ、栄養・水分補給も含まれているとしている。このことから、MLB各チームでは科学的根拠をベースとした上でニュートリション部門の強化を図っている。

フライシグ氏の懸念した通りというべきか、2冠に輝いた後のジャッジは2018年~2020年、骨折・筋肉系とさまざまなケガに悩まされ、それぞれ112、102、28試合(コロナ禍も影響)の出場にとどまった。新人だった2016年も大腿四頭筋断裂でほとんどの試合を欠場している。

2018、19年は途中まで順調だった矢先にケガで離脱を余儀なくされたため、ジャッジは健康を取り戻すことを目的に、2019年のオフから2020年にかけて、減量と食生活の改善に着手することにした。

以前の食事パターンは明らかになっていないが、生まれながらにして食欲おう盛で、体を大きくするための「量」は足りていたが、何を選択するかの「質」にはそれほど目を向けていなかったことが推察される。

ジャッジはまず、砂糖や加工食品を摂取する機会を大幅に減らし、炭水化物(米)とたんぱく質(鶏肉)中心の食生活に変えた。体をシャープにするため、トレーニングに有酸素運動を加えて減量を図った。

そして、一日を通して野菜をたくさん摂取することを意識。試合前に他の選手はパスタを好むが、ジャッジは、フルーツ・ほうれん草・プロテイン・アーモンドバターで作ったスムージーを飲む。これは、エネルギーレベルが維持され、試合中に体の重さを感じさせない効果をもたらしている。

ジャッジはシーズン中の食生活について、ファッション誌「GQ」のインタビューで次のように話している。

「球場につけば、試合前後に食事が用意されているので、基本的には2食で済ませる。それ以外の時間は何も食べない(断食)。断食は、体を落ち着かせる(集中力の維持)という点でとても重要。米・鶏肉・野菜とシンプルで同じような物を毎日食べているが、一番簡単で継続しやすい。飽きてしまう人も多いかもしれないけど、気に入っているよ」

日常から余分な物をそぎ落としたことで健康を取り戻し、2020年以降は再びHR量産体制に入った。欠場頻度も減っている。シーズン中の大半は厳しい食事制限をしているものの、たまには好きな物を食べてリフレッシュもしている。

「スポーツ選手でも誰でも、減量を続けるのは大変。すべてをカットして何かに固執するのは、体だけでなく心にも負担がかかる。何かが欲しくなって、ピザを食べに行ったり、好きなチョコクッキーを食べたりすることもあるよ。2週間ほどの完全オフ期間は少し食生活が緩むけど、その後に健康的な食生活に戻るのが楽しみなんだ(GQ)」

オン・オフをしっかりと切り替え、ここ数年は比較的健康に過ごせている。ジャッジの食事方法はプロ特有の物であり、長い練習時間の中で体を作ったり、技術を磨いたりする日本の中学・高校生には当てはまらないかもしれない。

だが、「たんぱく質だけ摂ればいい」だけでなく、「炭水化物や野菜もしっかり摂る」を心がけることで、ジャッジのようにケガのリスクを低減させることは可能だろう。

計画的にトレ実施、体幹強化で長距離砲の土台を固める

食生活の改善と有酸素運動の併用で25ポンド(10~11kg)の減量に成功し、ジャッジのパフォーマンスは向上した。もともと体格のいいジャッジは、これ以上体を大きくする必要はなく、トレーニングの軸は体幹強化になっている。

ジャッジは、「腹斜筋と下腹部の筋力がフォームの安定と打撃時の力強さを生み出している。体幹が強ければ、他のすべてのトレーニングが進歩する。一番重視しているのがプランク。さまざまな種類の腹筋と組み合わせることで相乗効果が見込めるんだ」と、フィットネス誌「Muscle & Fitness」で話している。プランクは20回×2セットと少ないものの効果は高く、毎日継続することで目に見えて強化がわかるという。

体幹に加え、柔軟性の強化にはピラティスも活用する。ジャッジの爆発的なバッティングは、筋肉が硬すぎると威力が半減しまうため、筋肉をある程度緩め、可動域を広げられるピラティスは効果的。筋肉の柔軟性はケガの防止にもつながる。

過去には、高強度のボクササイズも取り入れたことがあり、素早い動きの習得と体幹・体力の強化、集中力の持続などで効果があった。さまざまな要素を組み合わせたトレーニングを2019年以降に取り入れたことが躍進につながっている。

ジャッジはトレーニングをおこなう際、事前に計画する。シーズン中は週に2・3回のトレーニング、試合後は全身のトレーニングで、ほぼ同じメニュー。ナイトゲームの場合、試合開始時間から逆算して全身を使ったトレーニングをおこない、試合前~試合中に〝回復〟、試合後にトレーニング→食事→睡眠といった具合で、パティから教育された「スケジュール立て」を遵守する。

基本的にはオフシーズンに計画したトレーニングメニューをシーズン中も維持。ジャッジいわく「下半身、上半身と分けてしまったり、違うメニューをしたりすると、トレーニングした気になってしまう。効果的なメニューを優先し、継続することが大事」とのことだ。

タイトルを「ホームラン栄養学」としたが、食事に関してジャッジは基本に立ち返り、特別なことはしていない。しかし、「他者のアドバイスを受け入れる」「己を理解し、足りない所を強化する」「親の教えを守る」など、技術向上だけに目を向けず、自身の〝栄養〟になる他の部分をさらに磨き上げ、スポーツ選手としての伸びしろを増やしたといえる。

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