専門的な運動の〝習得〟は8歳以降から
第7回では、子どもの運動動作の発達過程と有名なゴールデンエイジについて紹介します。連載第1回では、スキャモンの成長曲線とも絡めながら、神経発達の著しい幼児期や児童期に運動をして、多くの神経回路を形成することの重要性をお伝えしました。
今回は、特にこの部分にクローズアップして、子どもがどのような過程で運動発達をするのか。そして、この運動発達の重要な時期を示す用語として有名な「ゴールデンエイジ」について、少し紹介したいと思います。
まず始めに、子どもの運動発達の過程について紹介します。子どもの運動発達の初期の段階は、乳児期に見られる反射になります。実は反射には多くの種類があり、人の最低限の機能として極めて重要なものばかりです。中には成長とともに消失していく反射機能も存在します。
ただ、この反射は、ここでいう運動発達とは少し結びつきづらいと思います。そこで、その次の段階として、随意運動と呼ばれる、ヒトが意志を持って行う運動から先の発達を中心に紹介します(図1)。
図を見ると、一番下の「不随意の反射動作」というのが前述の反射機能にあたります。その後、1歳から5歳頃の幼児期に多くの基本動作を獲得していきます。ずり這いやハイハイなどの初歩的な動きから歩行や走行、スキップなどの基本的な動作に獲得過程は移行していきます。初期の運動獲得段階では、主に移動を目的とした動作が獲得されていきます。
その後、徐々に姿勢制御、道具を使った動きへと動作の獲得段階は進んでいきます。この点は第2回の連載でも少し紹介しました。この基本動作の獲得段階では、より多くの動作を経験することが重要です。
日本では36の基本動作(次回の連載で詳しく)というのが有名で、幼児期から児童期前半にかけて活動的な生活をしていれば、自然と経験を重ね、獲得されていくと考えられている動作になります。しかしながら、近年はこの基本的な動作の経験が不十分なために、その後の運動発達がスムーズでないケースが出てきています。
図1の中にも次段階のより複雑な動作の獲得過程との間に「熟達の障壁」というのが示されています。この壁が大きくなるケースは、まさに基本的な運動動作の経験が不足しているケースを指します。逆に言うと、この壁を上手にクリアできるような運動発達がなされていれば、その後のより専門的な動作発達が良好になる可能性が高いと言えます。
さらに、ここで注目して欲しい点は、児童期ごろまでは、各種スポーツと記されている点です。前回の連載「マルチスポーツのすすめ」について書きましたが、一つのスポーツに特化してエリート選手として高度に専門化していく段階は、もう少し後でも良いと考えられます。
10歳頃までは「基礎的な運動の繰り返し」を
図2は、アメリカのGallahue教授が示されたHour Glass(砂時計)と呼ばれる有名なもので、運動発達の段階を端的に示しています。
図を見ると、10歳頃までは基礎的な運動の繰り返しが重要であることがわかります。図1でも図2でも共通なのは、土台の部分、つまり、初歩的な運動や基礎的な運動の段階がしっかりしていなければいけないという点です。
図2であれば、この土台がしっかりすることで、大人になってからも生涯にわたってのレクリエーションスポーツや競技スポーツなど様々な形で運動やスポーツに関わっていける可能性が高まることを示しています。
実は日本の学校体育における指導要領でも、子どもの頃の運動や体育活動で育むべきものは、運動に親しむ資質、能力と示されています。まさに、この図の土台の部分が大切ということになります。
「プレゴールデンエイジ」の過ごし方がカギに
ここで今回の連載のもう一つのキーワード「ゴールデンエイジ(図3)」について紹介します。
実は、ゴールデンエイジを理解する上で、前述の運動発達の段階を理解することは重要な意味を持ちます。一般的にゴールデンエイジとは9~12歳ぐらいを指し、ここまで示してきた運動発達の段階でいうと、専門的な運動の段階ということになります。
ゴールデンエイジは、一般的には技術習得に最も適した時期と理解されていることが多いようですが、実は専門的な技術を獲得する段階ということになります。図3を見るとゴールデンエイジの前に「プレゴールデンエイジ」があります。最近では、プレゴールデンエイジの方が子どもたちにとって大切という考え方が主流になってきています。
では、このプレゴールデンエイジとはどういう段階かというと、図1・2でいえば、初歩的な運動や基本的な運動獲得の段階にあたります。何度も言いますが、運動発達の土台の部分です。そのため、良いプレゴールデンエイジを送ることが、良好なゴールデンエイジを迎えるための条件ということになります。
どんな生活をしていても、9~10歳頃になれば、運動がどんどんできるようになるわけではありません。土台となるプレゴールデンエイジに36の基本動作をはじめとした豊富な運動動作を経験しておくことが大切です。
さもないと、運動動作獲得のゴールデンエイジは見られないことだってあります。こうなってしまうと、益々、運動能力の差は拡大してしまうため、その後、運動に親しんでいくための資質や能力という意味では不利に働いてしまいます。
このように、運動発達過程と有名なゴールデンエイジの理解を深めていくと、実は幼少期の運動経験がとても大切ということが改めてわかります。もちろん、例外的に体格に恵まれたりすることはあると思いますが、一般論としては幼児期から児童期後半に至るぐらいまでに活動的な生活を送ることで、少々、粗雑でも良いので動きの引き出しを増やしておくようにしておいて欲しいです。
多くの引き出しさえ持っていれば、即座の習得の時期とも呼ばれる、9~12歳ごろに、どんどん運動が上手になっていくことが期待できると思います。是非、幼少期から活動的な生活習慣を心がけるようにして欲しいと思います。
【参考文献】
1) 宮下充正 : 子どもに「体力」をとりもどそう ―まずはからだづくりだ!― , 杏林書院 (2007)
2) David L. Gallahue,杉原 隆 (翻訳) : 幼少年期の体育 発達的視点からのアプローチ, 大修館書店 (1999)
中野貴博(中京大学 スポーツ科学部 教授)
体力向上、活動的生活習慣から子どものスポーツ学を研究する第一人者。スポーツ庁や地方行政などと協力しながら、子どもの運動環境の改善、社会の仕組みを変えようと尽力。子どもとスポーツを多角的に捉えた論文も多数発表している。