幼児期からの運動に焦点、国が根拠に基づく指針を作成

連載の第2回では、「幼児期運動指針ガイドブック(以下、幼児期運動指針)」の紹介を通して、小さい頃にどんな運動を実施していくことが良いのかを考えていきたいと思います。ここで、なぜ幼児期運動指針を取りあげたかの理由を示します。

一般的に幼児の問題は厚生労働省が管轄ですが、この幼児期運動指針は文部科学省から発行されています。文部科学省が幼児期に対して指針を示すこと、さらに、小学校以降のように体育という明確に運動に焦点を当てられた授業がない幼児の運動指針を示すことは大変珍しいことでした。幼児から児童へという成長の連続性を考えて、あえて文部科学省が幼児の問題に踏み込んだ画期的な指針作成といえます。

それだけに、その影響力も大きく、この指針の発行をきっかけに、幼児期からの運動の重要性が改めてクローズアップされたといっても過言ではありません。もちろん、内容もエビデンスに基づいた、非常に良い内容になっていますし、児童期以降にかかわる先生などにとっても有用な指針と評価できます。

それでは最初に、幼児期運動指針の作成過程について少し紹介します。幼児期運動指針は平成24年に発行され、日本中のすべての幼稚園、保育園に配布されました。この指針の作成にあたっては、平成19年度より3年にわたって全国の21市町村で、大々的に実践事業および指針作成のエビデンスとなる調査事業が実施されています。

この事業は、各市町村に設置された委員会等に我々のような大学教員が入ることなども義務づけられ、適切な調査や測定の実施、その成果の分析までをも見据えたものでした。私も、そのうちの1市に委員長としてかかわりました。

その後、指針の作成委員会が立ち上げられ(私は残念ながら、在外研修と重なってしまい出席できませんでしたが…)、ていねいな分析や実践事例の整理を行った上で、指針作成に至っています。ですので、ただ作文をしたという指針ではなく、しっかりしたエビデンスに基づいて作成されています。

押さえておきたい大事なポイント3点

さて、ここからは実際の中身について紹介します。指針の冒頭では「幼児は様々な遊びを中心に、毎日、合計60 分以上、楽しく体を動かすことが大切です!」と示されています。

これも実際のデータを分析した結果、一日の運動時間がおよそ60分以上と未満の幼児で体力に明らかな違いがあったことに基づいています。ちなみに裏話では、120分を超えると、かなり高い体力群になったという話も聞いたことがあります。

諸外国でも60分程度を目安にしているところが多く、本国においても妥当な水準でエビデンスも構築できたといえます。さらに指針のポイントとして以下の3点が示されていますが、それぞれについて詳しく解説していきます。

幼児期運動指針のポイント(参考資料より改変)

①多様な動きが経験できるように様々な遊びを取り入れること

まず、1つ目の「多様な動きが経験できるように様々な遊びを取り入れること」ですが、これは、第1回連載「なぜ幼児期、児童期に運動が大切なのか」でもお示しした神経発達などとも深く関係しています。

運動生理学的にも、幼児期は多様な動きを身につけやすいことがわかっていますので、この時期に基本的な動きを多く経験することが推奨されています。また、この頃の子どもの多くは、非常に熱しやすく冷めやすい傾向があります。

お子さんを持つ保護者の方は、こんな様子を見たことがあるのではないでしょうか。何かにすごく熱中していたと思ったら、あっという間に違うことに関心が行き、そこでもまたすごく熱中する。少し経ったら、やっぱりまた次の関心に移ってしまう。

このような特性を考えれば、いろいろな動きや運動遊びを経験する方が子どもにとっては楽しく、実りも多いことがわかります。ですから、子どもがコロコロと興味を移していくことにイライラせず、「いろいろやってみるのも良いね!」というぐらいのスタンスで接していただくのが良いと思います。

競技スポーツの世界でも近年は一つの種目をやるよりも、いろいろ経験することがその後の成長につながり、創造的なプレーにつながるという意見が多くあります。

日本では、学校部活動などで一つの種目に没頭することが多いですが、スポーツ大国のアメリカではシーズンごとに最低2種目以上のスポーツを実施しているのが普通ですね。私自身も最近は、マルチスポーツの実施をいろんなところで推奨させていただいています。

幼児期運動指針では幼児期に経験する基本的な動きとして、図のようなことを紹介しています。参考にしてみてください。

幼児期に経験する基本的な動きの例1(参考資料より)
幼児期に経験する基本的な動きの例2(参考資料より)
幼児期に経験する基本的な動きの例3(参考資料より)

②楽しく体を動かす時間を確保すること

次に、「楽しく体を動かす時間を確保すること」ですが、これは当たり前といえば当たり前ですね。子どもは楽しくないことには熱中しません。第1回でも示したように、大人のように何か目的をもって運動や遊びをするというよりは、それ自体が楽しいから運動をします。

それによって、自発的に運動をしたり、友達との関わりのなかで様々な遊びを創造していったりします。実際に幼児期運動指針に先立って行われた調査事業の結果でも、より多くの友達と活発に遊びを楽しむ幼児ほど運動能力が高い傾向が確認されています。

また、指針の中では、このような体験や複数の友達との関わりを通して、コミュニケーション能力、やる気や集中力、社会性や認知的能力などを育む機会を与えてくれることが示されています。

ですから、楽しい遊びが提供された上にある程度の時間を確保すると、幼児はその中で様々な運動遊びを通して、基本的な動きの経験はもちろん、コミュニケーション能力、やる気や集中力などの様々な力を獲得していくと考えられます。

③発達の特性に応じた遊びを提供すること

3つ目は「発達の特性に応じた遊びを提供すること」です。幼児期は心身の発達が著しい時期ですが、その成長には大きな個人差があります。なかには非常にゆっくりとした発達過程をたどる子もいます。

ですから、一般的な発達過程を理解しつつも、その子の発達特性に応じた遊びや運動を提供することが重要です。これを間違えてしまうと、体に過剰な負担が生じたり、怪我につながったりしてしまいます。怪我などをすると、幼児にとっては「楽しくない」といった発想になってしまいがちなので、「発達の特性に応じた」という考え方はとても大切です。

「〇ちゃんはできるのに、どうしてできないの?」などといった発想ではなく、「今はこういう段階」ということを見極めながら運動促進をしていくべきです。このような考えによって、無理なく多様な動きを身に付けることができます。結果的に、幼児の活動意欲を満足させることにつながり、有能感などを育むことにもなります。

ちなみに一般的な運動発達の過程は前述の基本的な動きの「体のバランスをとる動き」「体を移動する動き」「用具などを操作する動き」といった順に動きが出現・獲得するといわれています。ただし、それぞれに多少のオーバーラップもありますし、近年では、前段階の動きを経ずに他の動きを経験するなどという現象も出てきているようです。これはあくまで理論上のものとして、個々人の発達特性や関心にあわせるといった姿勢が極めて大切になってきます。

まとめ

ここまで、幼児期運動指針に挙げられている3つのポイントを解説しました。実際の指針には、これ以外にもお勧めの遊びや保護者、保育者向けの様々な提案が示されていますので、良かったら見てみてください。

さらに、発育・発達,健康,運動に関する科学的研究を行う「日本発育発達学会」編著の「幼児期運動指針実践ガイド」も発刊されています。ご関心の高い方は、ぜひそちらもご覧ください。

最後に、幼児期運動指針に先立って実施された調査結果では、体力・運動能力と様々な生活習慣との関係も検討されています。どんな調査でも、幼児期に最も優先することは基本的生活習慣の獲得という声が多く、これと体力・運動能力、運動時間などとが密接に関係しているというのは興味深い結果です。

次回の連載では、この基本的生活習慣と子どもの体力・運動能力について紹介していこうと思っています。(中野貴博)

【参考資料】文部科学省:幼児期運動指針ガイドブック

中野貴博(中京大学 スポーツ科学部 教授)

体力向上、活動的生活習慣から子どものスポーツ学を研究する第一人者。スポーツ庁や地方行政などと協力しながら、子どもの運動環境の改善、社会の仕組みを変えようと尽力。子どもとスポーツを多角的に捉えた論文も多数発表している。