立命館大学は12日、「次世代型女性ジュニアアスリートのスポーツ傷害予防に向けて」と題して、オンラインセミナーを実施した。同セミナーでは、スポーツ現場での医科学的な取り組み事例の報告、データやエビデンスに基づいた講演が行われ、研究者・指導者・保護者ら多数が視聴した。以下、3講演の要旨。

女性ジュニアアスリートのコンディショニングと障害予防

能勢 さやか氏(東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科)

能勢氏は北里大学医学部卒業後、関連病院で研修を受け、2012年 国立スポーツ科学センター(JISS)勤務を経て、2017年から現職。産婦人科医として従事し、女性スポーツ選手の診療にあたっている。

米国スポーツ医学会では、1990年代から女性スポーツ選手に多い健康問題「利用可能エネルギー不足」「無月経」「骨粗しょう症」を「三主徴」として提唱しており、3つの疾患がそれぞれ関連し合っている。同会は、利用可能エネルギー不足の定義を「(食事からの)エネルギー摂取量」-「(運動による)エネルギー消費量」=「一日除脂肪量1kgあたり30kcal未満」としている。しかし、実際の診療やスポーツ現場では必ずしも当てはまるとはいえないため、「BMI17.5以下(成人)」「標準体重の85%以下(思春期・成長期)」「1カ月の体重減少が10%以上」と「体重」が目安になっていると能勢氏は話した。また、利用可能エネルギー不足は、無月経や骨粗しょう症だけでなく、発達・発育、精神面、将来の疾病リスクなど影響範囲は多岐に及ぶ(Relative Energy Deficiency in Sport:RED-s)と警鐘を鳴らしている。

能勢氏は10~20歳代女性のトップスポーツ選手を対象に行った三主徴に関する調査で、無月経が39%利用可能エネルギー不足が14%骨粗しょう症などの骨障害が23%と、少なくない割合で選手たちが何らかの症状に陥っていると報告。特に、月経不順や無月経などの月経周期異常は、トップ・エリート・学生など競技レベル問わず4割が経験しているという。無月経の発生割合は審美系競技、持久系に多く、審美系は食事からのエネルギー摂取量が少ない傾向、持久系は運動によるエネルギー消費量が多く摂取量が追いつかない傾向で、それぞれエネルギー不足になる原因が異なっている。一方、技術系、球技系、瞬発系の発生率はそれほど高くなかった。階級制競技は減量に伴うエネルギー不足が懸念されるが、月経障害の割合は低値を示した。理由として、エネルギー不足は一時的で計量後には栄養をしっかり補給するため罹患しにくいと分析している。

競技特性・月経の有無と骨密度(腰椎)の相関について、一般女性と女性スポーツ選手を比較したところ、持久系(陸上・長距離)&月経(無)は骨密度が一般女性よりも大幅に下回った数値を示し、月経(有)でも平均を下回る数値を示しており、警戒を促している。一方、無月経の多い審美系はいずれも平均値を上回っていた。これは、跳躍・着地などで骨が刺激(骨の成長が促進)され、無月経による骨障害のリスクが相殺されているのではないかと能勢氏は推察している。

また、女性スポーツ選手の骨密度が低くなる(骨障害)原因を調査したところ、「10歳代で1年以上無月経状態が続いた経験を持つ」、「低BMI値」の2つが関連づけられた。10~20歳代で正常月経だった選手の骨密度は適正量だったため、10歳代で女性ホルモン(エストロゲン)の分泌を増やし、適正体重を維持することが重要としている。無月経を経験している選手は20歳代になっても再発する恐れがあり、骨密度も低いままになる危険性を示した。

能勢氏は、三主徴と疲労骨折のリスクについても考察。300名以上の女性スポーツ選手に過去3カ月以内に新規で疲労骨折を起こしたかを調査したところ、36名が該当。そのうち無月経群は21.8%、月経正常群では6.5%だった。結果から、三主徴を有する選手では疲労骨折のリスクが高く、20歳代と比べて10歳代でよりリスクは高くなる。10歳代の選手では無月経で12.9倍、低骨量は4.5倍、低体重は1.1倍疲労骨折のリスクを高めるとしている。

女性は20歳前後に最大骨量を獲得し、その後徐々に減少傾向になる。閉経年齢とされる50歳代からは急激に女性ホルモンの分泌量が減少し、骨粗しょう症やその他疾病に罹患するリスクが高まっていく。20歳を過ぎてから薬物治療などで骨量を増やそうとしても難しいため、10歳代の骨ができる時期に利用可能エネルギー不足にならないよう、専門家の介入が不可欠と提言する。栄養摂取状況から、たんぱく質・脂質は適正量摂取できているが、エネルギー源になる糖質の摂取量は圧倒的に不足していることも指摘した。

産婦人科医の立場から能勢氏は、女性スポーツ選手の月経対策として低用量ピルなどホルモン製剤の活用を挙げている。米国などスポーツ大国の女性スポーツ選手の約50%は、ベストコンディションで試合へ臨むためにホルモン製剤を使用して月経周期のコントロールを行っている。一方、日本では2012年ロンドン五輪時に7%、2016年リオデジャネイロ五輪時に27%と使用率は上がっているものの、世界水準には達していないとした。

さらに、能勢氏は、診察現場で月経前になると関節の弛緩が認められると事例を紹介。これは、出産準備のために胎盤(仙骨、仙腸関節)を開く役割を持つリラキシンが分泌されるためと推察され、スポーツ選手にとっては前十字じん帯損傷など関節系のケガのリスクを高めることになる。低用量ピルを投与するとリラキシンの分泌が抑制されるため、女子スポーツ選手の関節弛緩を起因とするケガの予防に活用できる可能性を示唆した。ただし、基礎研究段階での発表なので、今後成果を示したいと研究を続ける意向を示している。

女性アスリートのスポーツ障害の特徴と予防に向けた取り組み

江玉 睦明氏(新潟医療福祉大学 アスリートサポート研究センター)

新潟医療福祉大学は医療福祉系の総合大学で、リハビリテーション科学とスポーツ科学の融合によるアジアに秀でる先端的研究拠点の構築を目指している。スポーツ選手をめぐっては栄養士、トレーナーなどさまざまな関連専門資格取得のための環境が整っており、優れたQOL(生活の質向上)サポーターを新潟県から育成・輩出し、地域住民からトップスポーツ選手まで幸せな生涯を創出することを第一義としている。

2016年にアスリートサポート研究センターを設立し、同大の強化指定クラブチームのケア・サポートを各専門家が行なっており、医療から現場まで一連の流れで選手と向き合う体制を整えた。各チームの意向でさまざまなサポートを受けられるようになっており、女子バレーボールチームでは、ドクター(メディカル)、トレーナー、栄養士、心理学などの専門家がチームに介入している。

同大は女性スポーツ選手に特化した検診がそれほど多くないことに着目。強化指定クラブの選手を対象に運動機能、足の形状・関節の弛緩、貧血、骨密度、月経状況など細かい調査を行い、三主徴群、三主徴リスク群、正常月経群に分けて、それぞれの専門家が介入して予防・治療に努めている。三主徴群は産婦人科医に託して早期の治療を施し、三主徴リスク群に対してはケガの予防、栄養状態の改善がパフォーマンスに直結することなどを論理的に説明・指導。正常月経群に対しては、排卵期にはじん帯や関節に弛緩性が確認される事例があるため、局所の負荷を避けるようにアドバイスを送る。月経前には脳の過活動の可能性があり、繰り返し練習しても身につきにくく、技術トレーニングは定着しない可能性を示唆した。新潟県では、同大が研究を担い、トレーニングセンター、医療機関が一体となって選手をサポートし、ケガ・疾病予防に迅速に対応できる体制が構築されつつある。

江玉氏は、過去に海外の女子プロサッカーチームが月経周期に沿ったトレーニング事例があることから、アプリを積極的に活用した自己管理を促している。新潟県では自己管理ツールの開発が活発に行われており、野球手帳バスケットボール手帳は県発で全国の多くの人に利用されている。

女性ジュニアアスリートに向けたトレーニングサポートの取り組み

栗原 俊之氏(立命館大学 総合科学技術研究機構)

立命館大学は、女性選手特有のスポーツ傷害として、疲労骨折(利用可能エネルギー不足、カルシウム・ビタミンDの欠乏)、前十字じん帯損傷(過度の膝蓋転、股関節外転筋の低下、月経周期)、脳震とう(首の周径・筋力、ホルモンの影響、衝突のなれ、後遺症からの月経異常)を挙げている。

中でも、前十字じん帯損傷はトレーニングで予防できる傷害で、滋賀県下の中・高の指導者らから発生率が高い傷害として声が挙がったため、同大では科学的見地から特別なメニューを考案、指導者に活用してもらおうと配布した。指導者からは「正しいトレーニング方法で指導できない」「時間がない」などの指摘があり、ZOOMやYouTubeなどをフル活用してオンラインでトレーニングを学べるプラットフォームを開発するとともに、正しい動きを教える指導者の育成を行った。指導者は、現地で教える指導員とオンラインで教えるコンシェルジュに分け、それぞれの現場で持ち上がった問題点や改善点を共有して、さらに精度の高い指導を目指している。

リアルとバーチャルを融合させた同大の取り組みはニーズが高く、栗原氏は「今後、オンラインと現地指導の双方をフォローすることが主流になってくる。大学として、すべての選手にすべての傷害を予防するトレーニングを作成し、現地でオンラインでも指導できるようにプラットフォームをさらに強化する。現状はチーム単位だが、個別でもできるようにする」と話している。

3講演の後に、講演者、専門家によるディスカッションが行われ、傷害予防のために指導者がすべてを請け負うのではなく、各分野に通じた専門家にそれぞれを任せた方が良いと、スポーツ現場での専門家の積極介入について理解を求めた。また、実際に傷害が起こった時に各専門家が連携をしてことに当たるべきと提言した。栄養分野とも関連が深く、各専門家が点で動くのではなく、線で結ばれて選手(クライアント、一般の人)をケア・サポート・コーチングすべきだろう。

スポトリ

編集部