立命館大学、日本体育大学、新潟医療福祉大学は8月28日、「すべての女性アスリートに先端的支援が行きわたることをめざして」と題し、合同シンポジウムを開催、本年度のスポーツ委託事業 女性アスリートの支援・育成プロジェクト「女性アスリートの課題解決型実践プログラム」に関する活動内容を報告した。

今回のシンポジウムでは、スポーツ現場からの要望・実情などを踏まえ、現役・引退選手、指導者、研究者らが女性特有の「月経」に関して議論し、特に育成年代(中学生・高校生)への注意喚起・周知の必要性、月経教育の義務化など、幅広い観点から多くの意見が出された。

<ディスカッション参加者(敬称略)>
・出澤 杏佳:卓球(九州アスティーダ)/大学生
・森崎 可林:パラパワーリフティング/大学生
・伊藤 華英:競泳/2008年北京五輪、2012年ロンドン五輪日本代表
・高橋 昌彦:陸上(日本郵政グループ)/女子陸上部監督
・伊坂 忠夫:立命館大学 副学長

月経(生理)に対する意識や知識に個人差

今回議論の中心になったのは「月経が始まる育成年代に対して、どのように意識づけをしていくか」。出澤、森崎両選手、伊藤さんと競技経験を持つ3人は中学生時の記憶をさかのぼり、「月経に関して相談できる人や場所がなかった」「周囲の人や自分自身も月経に関する知識は不足していた」と認識は共通している。

出崎選手は「当時、月経がひどくて体調不良に悩まされていたが、友達や親に話す程度で具体的に治療する方法はわからなかった」と話し、森崎選手は「月経が競技にどのように関係するのかが疑問で、月経に対する意識が低かったが、最近になって真剣に考えるようになった」としている。

長くトップレベルで活躍してきた伊藤さんは「月経は月に1回来るものでみんな同じだと思っていたし、生理痛はキツいのが当たり前で大きな問題とは考えていなかった。ただ、成人を迎える前からPMS(月経前症候群)に悩まされるようになったことで、気持ちが落ち込んだり、他選手を過度に意識するようになったりするなどメンタル面で大きな影響が出てきた。症状が悪化する前に何か手を打てれば良かった」と、月経に対する知識レベル向上の必要性を訴えた。

女性選手を指導する高橋監督は「チームには正常月経の選手もいれば、月経がつらくて起き上がるのもつらい選手もいるし、年齢を重ねて生理痛やPMSに悩まされるなど、女性ホルモンは体の中で目まぐるしく変化していて、生理現象には個人差があると理解している」と話した。

高橋監督は、選手の月経問題に向き合い、月経周期の中でいつ競技パフォーマンスが向上するのかを体温などとの相関から調査している。結論として、月経が来てから1~2週間後が最も競技パフォーマンスが上がるとしながら、周期を踏まえて練習日程を組んでも個人差があるため、必ずしもうまくいくとは限らないと、指導する中での難しさを語った。

男性指導者には切り出しにくい月経の悩み

出澤選手は月経について指導者に切り出せない理由として、「指導者と選手の間でのコミュケーション不足」を挙げている。中高の部活動現場では人間教育をしながら、技術向上のために厳しい練習を課し、方針として選手と距離を置く指導者も一定数いる。出澤選手は、指導者と常日頃から他愛のない会話ができる関係性を構築できていれば、月経に関しても相談しやすくなり、指導者の問題意識も備わるのではないかと提起した。

森崎選手は「女子競技でも指導者が男性であることが多く、月経の相談をすることにためらいがある」、伊藤さんは「症状が悪化する前に休息を促したり、『産婦人科へ行ってきなさい』と背中を押してもらえたりすれば、選手としてはありがたかった」と、男性指導者に対して月経への理解を求めた。

3人の実情・経験に対し、高橋監督は「体のつくりが違うことから、男性は月経に対しての意識が薄い。実際、自分が中学校の教諭だった数十年前、女性特有の健康問題に対して全く理解していなかった」と吐露する。そのうえで、指導者が女性を知ることが重要と強調した。

高橋監督は選手への接し方について「優しくするのはもちろんだが、月経について男性からは聞きにくいのも正直なところなので、女性スタッフを交えて状況を把握するようにしている」「選手が入団した時には産婦人科へ行ってもらい、血液検査は毎回、女性ホルモン値は年3回計測。問題があれば、専門医からの指導を仰ぐようにしている」と、環境の改善に向けて手を尽くしていることを明かした。

環境改善は急務、義務教育の中で「月経」を周知させる必要も

月経問題を周知させるための方法として、高橋監督は選手、指導者・保護者の双方へ月経に関する情報提供が必要と提言。「選手自身が勉強をしたり、情報を得たりするのは難しく、結局は指導者とともに向き合っていかなければならない。多くの中学生は問題として捉えていない可能性が高い」と分析した。

「義務的にでも情報を与える必要があるのでは?」と高橋監督に同意しながら、伊藤さんはさらに踏み込んだ。「中学生年代で月経を軽視していると、成人以降になっても悩まされることになる。長期にわたる女性選手の健康問題なので、学校教育に組み込むくらい大きく捉えて、社会で解決していくことが大切」とした。

「指導者や専門家を養成する過程で月経に関することは必須にしてもいいくらい。そこがあって、女性への指導がある」と、高橋監督は指導陣への教育も課題として挙げた。海外では月経問題に関して指導陣の理解が進んでいる。

これに対し、伊坂氏は「大学では生理学の中で月経に触れたり、教職課程でも保健の範疇で学ぶ機会はある。大事なのは教科書に載っている部分を理解し、現場で指導する立場になったらさらに理解を深めること。専門家の養成機関である大学として、月経問題の解決に向けて責任があると考えている」と述べた。

実際に、当事者(中学生)が月経を身近な問題として捉えるためにはどのようにすればいいか。これについて、伊藤さんは「自分もそうだったが、中学生が本を読んで知識を学ぶことはあまりしないので、親子で学べる機会があるといい。症状に個人差があることや『なぜ月経が来るのか』など、最低限の基本的はことは中学生のうちに知ってもらい、高校や大学に進んだら、さらに情報をアップデートする。段階的に知識を蓄積していけば理解が深まるはず」と提案。「チームや学校の授業で話し合う場があるといい」「学ぶことは大切」と、現役両選手も同調した。

中学時代に月経問題に悩まされた出澤選手は「体温、月経周期、体調など目に見える形になれば、症状への対処の仕方も変わってきたと思う」と、自己の健康管理ツールの必要性と活用を促した。森崎選手は「自己管理ツールがあるといい」としながら、パラに関しては月経と同様、欠損や肢体不自由など障害がさまざまで個人差が大きく、従来の枠組みでは管理が難しいと、パラ選手たちの声を代弁した。

「パラ選手の多くは月経をはじめ、健康問題に悩まされている。ウェイトコントロールにしても、使える筋肉が限られているため、一般の増量・減量方法は参考にしにくい。確定的ではないにしても、参考事例がたくさんあると自分にフィットする物が見つかるのではないか。専門医の情報などもあるといい」と、パラ専用自己管理ツールの開発や情報の質に関する要望を出した。

女性選手の健康問題は月経以外にもあるが、出澤選手は「毎年必ず、女性選手を対象にした検診があるといい」と議論の最後に画期的な考えを示した。「問題の解決にもなるし、計測された数値の増減で自分の状態を把握できる。何かあった時は、検診を受けた先生にも相談できる」と利点を並べ、現役選手、指導者、研究者を交えた議論は活発のうちに終了した。

月経問題の改善に関しては、「選手、指導者・保護者の理解」「選手が相談しやすい環境の整備」「予防・治療のために専門医の診断を仰ぐ」に集約される。スポーツ界における女性の活躍は著しいが、育成年代における健康の阻害は生涯にわたって悩まされる可能性もある。注意喚起は急務で、社会問題として大きく捉えて議論していく必要があるだろう。

スポトリ

編集部