長野県から全国へ、きのこの食文化を伝播

山間部に囲まれた長野県は、きのこをはじめとする山の幸の宝庫。秋になると山に生えているきのこを獲って、家庭で楽しむ食文化が古くから根づいている(毒性の高いきのこも群生するため、現在では専門家以外の収穫は限定)。

プラスチック製きのこ容器の製造をしていたホクト株式会社(本社:長野県長野市)は、事業拡大によってきのこ栽培・販売を開始。長野市内に栽培・新種開発のための研究施設を建設し、旬の時期(夏~秋)だけでなく、1年中収穫に適した気温で室内栽培し、おいしいきのこの大量生産化に成功している。現在では、生産機能は全国に波及している。

林野庁のきのこ生産統計を見ると、同社の新種開発・大量生産化は、全国的な生産量(消費ニーズ)の増加とリンクする。

ブナシメジの全国生産量は、同社が新種開発に成功した1990年以前、年間1000~1万トンで推移していたが、2022年までに年間12万トンと生産量は急増した。

エリンギは1997年に新種開発をおこなって以降、2022年までに3万トンまで生産量は伸びた。1997年以前と比較すれば、3倍以上の生産量になっている。

「食べやすいきのこ」を実現するため、品種改良も盛んにおこなわれている。エノキタケは本来茶色だが、現在市場に多く出回っている「白いエノキタケ」を開発したのは同社である。人気商品「ブナピー」はホワイトブナシメジと呼ばれる同社オリジナル品で、色の白いブナシメジを選別し、交配させて新たに誕生した。

他にも、プレミアム商品として販売されている「霜降りひらたけ」は、ヨーロッパ原種のヒラタケとエリンギの交配に成功し、肉厚な「一番採り 生どんこ(菌床シイタケ)」は、味が染みわたりやすいようにひび割れた傘の形状に改良した。

同社がきのこの新種開発・大量生産化を実現したことで、地域限定の食文化が全国へ伝播し、日本人の食卓にバリエーションを増やすのに一役買ったといっても過言ではない。

ビタミンB群・ビタミンDと食物繊維が豊富、スポーツシーンできのこが活用できる理由

エリンギ、マイタケ、ブナシメジ、ブナピー、霜降りひらたけ、一番採り 生どんこの主力6商品は共通して、ビタミンB群や食物繊維が多い(図1~3)

同社マーケティング課所属で管理栄養士の中村愛香さんは、「たんぱく質、脂質、炭水化物の三大栄養素は、筋肉やエネルギーになります。きのこには、それらを効率的に作り出すためのビタミン・ミネラルなど〝潤滑栄養素〟(特にビタミンB群が重要)が詰まった食品といえます」と説明する。

図1 ビタミンB1の含有量比較
図2 ビタミンB2の含有量比較

きのこに関する科学的な研究を長年進めている同社では、これまでさまざまな健康機能性を報告している2~6)。現在進行形で進む研究によって、メカニズムの解明や新たな健康価値が見出される可能性は極めて高い。

科学的に検証された健康機能性やきのこが持つ栄養成分から、同社では2010年代よりスポーツとの親和性に着目。中村さんは、スポーツ分野の専門資格(公認スポーツ栄養士)を取得し、新たな事業展開で重要な役割を担っている。

「これまで長野県内を中心に多くのチーム・選手のサポートをおこなってきて、食事調査の結果からビタミンDが不足していることがわかりました。ビタミンDは、魚に豊富に含まれていることが広く知られていますが、きのこにも豊富に含まれています。生活にきのこを加えること(100g/日)で、成長期の体づくりや健康的な生活を送るのに役立つと思います(中村さん)」

食物繊維が豊富なきのこは、近年注目されている「脳腸相関」にも関連がある。スポーツシーンで考えれば、試合前に腸の状態が悪いと不安やストレスを感じ、反対に極度の緊張が腸にも悪影響を及ぼし、結果的にパフォーマンスを発揮することが難しくなる。

トップスポーツ選手は海外遠征する際、食事や環境の違いからお腹を壊しやすくなるため、腸内環境を整えることに注力し、競技力が低下するリスクへの対策をおこなっている1)。きのこには、心身を健康に保つ〝効果〟が期待できるという。

「当社の研究2)では、きのこを摂取することで、腸内環境を健康的に保つ重要な役割を担う『短鎖脂肪酸(酪酸菌)』が増え、免疫も賦活(活性化)されることを報告しています。選手へのアンケートでは、体感でストレスが減ったこともわかっています。

緊張や不安などストレスが生じる試合前、激しい練習やトレーニングによって免疫力が下がってしまう運動後など、コンディションを崩しやすい環境にあるスポーツ選手には、きのこを活用することで万全の状態を作ってほしいですね(中村さん)」

図3 食物繊維の含有量比較

きのこ摂取による内臓脂肪の蓄積抑制効果3~6)との関連で、今冬からはスポーツ選手の減量について検証していく。

「冬季競技のシーズン中、きのこを毎日50g食べてもらい、体組成の測定、食事調査、消費エネルギーの推定など多くの項目から、身体にどのような影響を及ぼすのか(減量・体重維持など)を観察していきます。この結果を基にして、きのこの新たな価値を見出していきたいと考えています(中村さん)」

スポーツ分野での〝エビデンスづくり〟に勤しむ一方、きのこを活用しながらの健康サポートも地道におこなう。地元のプロサッカーチーム・AC長野パルセイロ(J3)では、ジュニアアカデミーなどの下部組織での栄養講習・セミナーを続け、チーム全体の底上げを図っている。

また、長野県東御市にある高地トレーニング施設「GMOアスリーツパーク湯の丸」の食堂では、施設を利用するスポーツ選手に対してきのこを提供しながら有用性を訴えている。

同社はこれまで、生食のきのこを一般家庭でも活用しやすいようにレシピを考案。その数は優に1500を超える。その他にも加工食品の開発にも取り組んできた。きのこを添加した炊き込みご飯・カレー・シチューの素、きのこの出汁パックやサプリメント原料の研究・開発(同社系列・株式会社サン・メディカ)など、きのこが持つ可能性を模索する。

「きのこは他の食材を邪魔せず、むしろ引き立ててくれます。いろいろな活動を通して、苦手という声はほとんど聞かれませんでしたので、食卓でも使いやすい食品ともいえます。お子さんの食育、スポーツシーン、女性の美容など多くの面で活用できるので、幅広く展開していきたいと考えています(中村さん)」

特徴的なCMソングで一躍〝国民食〟になったきのこ。おいしいきのこを作り出す技術力、健康的な価値を見出す研究力によって、同社は多くの分野で飛躍を続けている。

【参考文献】
1) K Shimano : 髙梨沙羅が語る食の重要性, Sporty Life, 4, 40-45 (2016)

2) Yuichiro Nnishimoto et al.: Dietary supplement of mushrooms promotes SCFA production and moderately associates with IgA production: A pilot clinical study, Front Nutr (2023)

3) Kenji Ouchi et al.: Effects of Dietary Intake of Japanese Mushrooms on Visceral Fat Accumulation and Gut Microbiota in Mice, Nutrients, 14, 10(5) 610 (2018) 

4) Hana Aoki et al.: Grifola frondosa (Maitake) extract activates PPARδ and improves glucose intolerance in high-fat diet-induced obese mice, Biosci Biotechnol Biochem, 82(9) 1550-1559 (2018) 

5) Takamitsu Shimizu et al.: Japanese mushroom consumption alters the lipid metabolomic profile of high-fat diet-fed mice, Heliyon, 15, 6(7) e04438 (2020) 

6) Koichiro Mori et al.: Effect of mushroom polysaccharides from Pleurotus eryngii on obesity and gut microbiota in mice fed a high-fat diet, Eur J Nutr, 59(7) 3231-3244 (2020) 

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編集部