調味料の「ミツカン」、将来を見据えて食品ブランドを立ち上げ

誰もがよく知り、多くの家庭で使われている「酢」や「味ぽん®(味づけぽん酢)」。江戸時代から続く食品大手「ミツカン」の主力商品だ。

ミツカンは創業215年を間近に控えた2018年、「人と社会と地球の健康」「新しいおいしさで変えていく社会」「未来を支えるガバナンス」を柱とした、10年先を見据えた新たな取り組み「未来ビジョン宣言」を掲げた。

未来ビジョン宣言を草稿する中で、同時に議論されていたのが新たな取り組みを象徴する食品ブランド「ZENB」の立ち上げ。プロジェクトの立ち上げから参加している、ミツカンのグループ会社「株式会社ZENB JAPAN」・長岡雅彦さんは、ZENBのブランド価値についてこう話す。

「未来ビジョン宣言の核になる『おいしさと健康』を踏まえた新しい商品(ブランド)、食スタイルを提供できないかと考えました。

油や塩、砂糖は料理に加えるとおいしくなっていきますが、加え(摂り)すぎると体への負担が大きくなります。一方で、サプリメントなど有効成分だけを抽出し、効果的に摂取できて体にいいけれど、おいしさを求める食事とはいえない。私たちは、素材が持つおいしさや栄養価を生かす、引き出すことを商品コンセプトにしました。

加えて、社会や地球環境を考えた素材の使用。動物性の原料はどうしても環境への負荷がかかってしまうので、可能な限り、環境負荷の少ない植物性の原料にすること。そして、植物の中でも食べる時に捨ててしまう皮や種の部分は栄養価が高い。

だから、新ブランドでは、素材をまるごと使い、植物の持つ利点を生かすことにこだわりました」

商品は現時点で40アイテム超と展開が広がっているが、ブランド名の通り、「素材を全部(ZENB)生かす」物になっており、消費者への強いメッセージが込められている。

「ヌードル」で主食に新提案、栄養バランスのいい「黄えんどう豆」が主原料

ZENBの商品の中で、ヌードル(ZENB ヌードル)は「新しい主食の提案」として特に力を入れたもの。商品開発から発売まで実に3年かかった。

主食になり得る物を検討した結果、まずは麺での展開を念頭に置いた。パスタではなく、「ヌードル」としているのにも理由がある。パスタだけではなく、ラーメンや焼きそば、まぜ麺などいろいろな麺料理に使ってもらいたい思いがあったからだ。

「植物の力を可能な限り生かしながら、より多くの人に食べてもらえるのは、やはり主食。今の時代、『主食(糖質)はできるだけ摂らない方がいい』『たんぱく質をたくさん摂る』『グルテンフリーの方が体と相性がいい』など考え方もさまざま。

こうした食生活を送る皆さまが安心して食べられ、食べれば食べるほど健康になっていく。そんな主食ができないかと考えました(長岡さん)」

ヌードルに練り込む原料として、穀物・豆、それらをブレンドした物など探索と試行錯誤が続いた。そして、ヌードルにした時、長岡さんら開発チームが、最適と採用したのが「黄えんどう豆」だった。

「日本人の生活スタイルを考えると、食経験が長くてたんぱく質が豊富な大豆が一番ポピュラー。当然考えましたが、脂質が多くてヌードルにした時に思った通りの味にならなかったんです。

黄えんどう豆は、たんぱく質の含有量こそ大豆に劣りますが、小麦などよりも多い。脂質は大豆より少なく、糖質は米よりも抑えられるので、栄養バランス的にもちょうどいい。食物繊維も多い。

そして、大きかったのは『つなぎ』の部分。豆を成型する場合、麺としてのおいしさを追求すると、食品添加物(増粘安定剤、乳化剤など)を入れることが多いです。ただ、商品には余分な物を入れないと決めていましたし、従来の作り方や他の企業とは違う形で進める方針もありました。

私たちは、黄えんどう豆を使用することで、つなぎを使わずに、豆の風味を生かしながら麺ののど越しやコシにもこだわりました。小麦を原料にして作られることの多いパスタが食べられなかった人にも、代替えとしても提供できる出来になったと思います(長岡さん)」

食品100gあたりの栄養量比較
(日本食品標準成分表2015年版・七訂より)
1食(乾麺80g)あたりの栄養量比較
(日本食品標準成分表2015年版・七訂より)

利便性の高い黄えんどう豆は、ヌードルとともに新主食としてZENBが提案する、まるごと豆粉パン「ZENB ブレッド」3種の開発にもつながる。ヌードル同様、黄えんどう豆をうす皮までまるごと使い、バターや卵、乳製品など動物性原料は不使用となっている。

「3種の雑穀」はごま、キヌア、アマニと健康価値が評価されている原料を組み合わせ、そのまま食べても、おかずパンにしてもいい。「くるみ&レーズン」「カカオ」は菓子パン感覚で食べられる物として人気を博す。3種のパンは発売以来、生産が間に合わず品薄状態が続いている。

長岡さんは、「黄えんどう豆を粉末化し、原料として活用するのにかなり時間がかかりました。私たちがオリジナルで作り上げた物なので、他者が同じ物を作るのは難しいでしょう(長岡さん)」

商品開発の裏には、OEM(受託生産)が存在する。これは、新商品を開発する上で、生産ノウハウのない企業が「こんな感じの商品を作りたい」と要望を出し、それに合わせて商品設計を専門とする業者に一切を任せる手法。

サプリや食品でもOEM品は星の数ほど出回っており、中にはヒットした商品の配合原料・比率を少し変えて「オリジナル」とうたい、手っ取り早く稼ごうとする物もある。OEM品自体は否定するものでもなく、本当のオリジナル品、考えられている品があるのも事実。ただ、その見極めは難しい。

長岡さんら開発チームの熱意によって、一から生み出されたZENBは、その種の商品と一線を画していることは一目りょう然だろう。

グルテンフリーで女性・スポーツ選手から高需要、クリーンラベルも特徴的

たんぱく質・脂質・糖質の栄養バランス、つなぎ不要の物性から、黄えんどう豆の採用はZENBのブランド価値を高める要因になっている。結果的にグルテンフリーに仕上がったヌードル・豆粉パンは、日本人の食の多様化に見合った物になった。

「グルテンフリーを特別意識していたわけではありませんが、発売後にお客様から『小麦が苦手で食の選択肢が狭まっていたので、グルテンフリーのおいしい商品を待っていた』といった声が多くあり、大きな反響がありました。

改めて、人によって体に合う・合わない食があり、食べたいけど体が受けつけない。調子が悪くなる。そういった方々が多いと感じました。ZENBの商品がみなさんの〝助け〟になれたことは大きいと思っています(長岡さん)」

まるごと野菜を使ったスープ、ヌードルに合うパスタソース、小腹満たしの野菜スティック・豆チップスなどのスナックと、ZENBの商品はすべてプラントベース。食の選択肢が少なかった消費者に対して、主食に合うラインアップを増やしている。

圧倒的に女性の消費者が多く、黄えんどう豆が持つ栄養バランスは大きな魅力になっている。中でも世界的なモデル・富永愛さんは、ZENBの発売当初から愛用していることを公言。健康・美を追求する分野では特に引き合いが強い。また、欧米で活躍するスポーツ選手らもコンディショニングに活用しているという。

ZENBの商品の特徴として、「クリーンラベル」も挙げられる。文字通り、商品表示のシンプル、かつ明快化で、「無駄な物を使用しない商品づくり」を意味する。欧米では原材料を厳選したクリーンラベルの標準化が進む。

各商品を見ると商品表示の記載が少なく、「無駄な物を入れない(長岡さん)」を体現している。少ないラインアップなら可能ではあるが、幅広く商品を展開している中でこれを実現することはなかなか難しい。挑戦的なブランド展開がそれを可能にしている。

国外からの原材料調達は、ここ1年の急激な円安進行で影響を多大に受ける。アメリカ産の黄えんどう豆を使用するZENBにとって悩ましい問題となるが、製造量をコントロールしながら、消費者に対して変わらずに安定供給できる体制が整っている。

ZENBは日本のみならず、アメリカ(ZENB US)、イギリス(ZENB UK)でも展開する。商品ラインアップはほぼ同じだが、現地ごとに多少のアレンジが加えられ、食の多様化がさらに進む欧米でも反響がある。

商品の販売は現在、通販がメインになっている。食品大手であるミツカングループの商品であれば、スーパーなど既存の販売ルートに乗せて、目立つ所に商品を陳列することは容易だが、あえてそれをしない販売戦略をとる。

「ZENBというブランドを育てていきたいので、『ミツカン』を全面に押し出さないようにしています。商品の価値やブランドが生まれた背景をしっかり伝え、良いと思った方々に選んでいただき、生活に役立てもらう。だから、お客様に直接届けられるような形を大切にしているんです(長岡さん)」

ZENBブランドの立ち上げから5年。原材料の厳選、商品の質の高さ、食生活の多様化への対応から徐々に浸透しており、ニーズの高さから今夏には新たな商品を上市する予定となっている。

スポトリ

編集部