子供の運動離れ、体力低下などが叫ばれて久しい。社会の変化から、子供が運動をする場所や機会も少なくなっている。

こうした中、長年子供の運動に関する研究を進める中京大学 スポーツ科学部・中野貴博教授は「スポーツ・運動の価値観を根本から変えていかなければならない」と語る。

次週から始まる長期連載「特集:ジュニア世代の運動と食育」を前に、中野教授がこれまで現場で感じた「スポーツ・運動」に関する課題・提言などを踏まえて話を聞いた。

体力や競技力向上以外の大切なことが身につく「ジュニア期の運動」

編集部 先生はもともと工学部出身で、大学院から研究の方向性を変えたそうですね。

中野貴博教授(以下、中野教授) 競技レベルは決して高くありませんでしたが、いろいろなスポーツをやってきました。スポーツや運動分野に興味があったので、大学院で専門性を高めることにしました。

最初の研究は、スポーツ選手のピーキングについて。つまり、「体が一番動くいい状態をどのように作っていくか」。これはトレーニングではなく、生活習慣や行動の在り方から捉えたものです。

高い水準で競技をしている人は、ピーキングを経験する機会は多いです。一方で、子供や若年層でスポーツをしている人たちは、ピーキングをつかめずに競技を終えてしまいます。ですから、その瞬間を生活習慣や行動の面からいかにコントロールするかという分析的な研究をしていました。

編集部 「子供の運動」という視点はどこから生まれたのでしょうか?

中野教授 大人になる過程で重要になるのは子供の時の経験だと思っていて、スタートは「子供の生活習慣」がテーマでした。そこには、コミュニケーションや学習、睡眠に加え、スポーツ・運動も絡んできます。

スポーツ・運動は生活の一部になっている点もありますし、競技として続けるケースも多い。子供時代に運動を経験することが、競技を続けるにしても、その後の生活でも心身やその他にどのような影響があるのかを深く探ることは非常に意味があると思っていました。

編集部 詳しくは今後の連載で解説していただきたいので、スポーツ・運動というワードで部分的に先生の見解をお聞きする形にします。

まず、「運動離れ」という言葉が叫ばれて久しいですが、その点についてはどのように感じていらっしゃいますか?

中野教授 トップ層で競技に取り組む選手は相対的に変わらないとみています。しかし、子供世代では運動離れが着実に進んでいますね。ピラミッドに例えれば、底辺層の部分が削れてしまっている状態です。

私たちが子供のころは、友達と外で体を動かして遊ぶのが当たり前の時代でしたよね。研究を進めていると、やはり運動をすることのメリットの方が多く見受けられますので、社会全体として時代が回帰すればいいなとは思っています。

編集部 子供の時に運動をすると、人間形成といいますか、その点で差が出てくるものなのでしょうか?

中野教授 必ずしも子供たちが成長をする上で、スポーツや運動が万能とはいえないとは思っています。ただ、運動を通じた集団生活・活動、これは文化活動でもいいんですが、これらを経験した子供とそうでない子供とでは、差が生まれるということはいえますね。

編集部 すごくわかります。子供の時に年上の子たちに混じって、毎日のように野球やサッカーをしていました。その中で、運動能力以上に、年上との〝つき合い方〟〝距離感〟のような今でも通じることが培われた気がします。

中野教授 運動や文化を通じた集団活動が成長やその後の社会生活にどう影響するかというのはなかなか顕在化しにくい要素なんですが、単純に「友達の数」「社会性」という点では明らかな違いが出てきます。

運動をする、集団活動をすることで、体力や競技力が身につく以外で得られる効果というのはとても大きいと思っています。

編集部 先生が研究を始めた当時と今を比較して、運動に対する意識みたいなものに変化があるのでしょうか?

中野教授 私が子供のデータを扱い出したのが28、9歳の時ですから、かれこれ20年以上になりますか。当時は、子供の睡眠時間や朝食の欠食に加えて、体力の低下が問題視され始めたころです。

体力の低下を考えた時に、どのように改善していくか、どのように意識づけをしていくかみたいなところは、残念ながら前進しているとはいえないかもしれませんね。

私も行政レベルの仕事をすることがあるのですが、担当の方はとても一生懸命取り組んでいらっしゃいます。予算の関係もありますし、子供の成長を可視化すること自体難しい作業になることをつけ加えさせてください。

私たち研究者は効果的なエビデンスを示し、行政と共有しながら、社会が変わるように前進させていく役割と認識しています。

編集部 子供のスポーツ・運動の在り方に話題を振っていきたいのですが、近年ではその概念に少し変化がみられます。

具体的にいえば、eスポーツの存在です。プロ化、五輪競技にも採用が検討されるなど、周知が広がっています。eスポーツはどのように捉えていますか? 子供にとっては、少しネガティブに捉えてしまう部分もあるのですが…。

中野教授 私の研究領域で、体を動かす運動、運動を通じた集団生活・活動から得られる社会性などから考えて、「eスポーツが子供の運動として成立しているか」と問われると、「ノー」といわざるを得ませんね。

家でゲームをすることについて否定はしませんが、外で運動をする、遊ぶことで、成長に大切な因子でもあるビタミンDを日光から浴びる機会も多くなります。運動は生活のリズムを整えることにも影響しますし、実際に小児科の先生はこれらの点を強調しています。

また、運動などで集団活動をしていると、ささいないことからケンカに発展するケースがあると思います。いけないことではありますが、自分や相手が受けた痛みや反応から、加減や向き合い方というのは培われていきますから、将来プラスに働く可能性があります。

こういったリアルな体験、人が成長するための経験を、eスポーツをすることで得られるかは少し疑問ですね。

編集部 スポーツを遊び・レクリエーションと考えた時、eスポーツはその範疇にも入ると思います。日本では「運動=競技」のイメージが依然強く、なかなか遊び・レクリエーションという発想にまでいっていない気がします。環境面を見ても同様で、スポーツ界出身の政治家も指摘しています。その点はどうお考えでしょうか?

中野教授 そう思いますね。スポーツ・運動を遊び・レクリエーションまで〝ドレスダウン〟していく必要があると思います。つまり、「気軽に」ということです。

大半の人は競技水準を高く持っているわけではないですし、例えば、「同じ趣味を共有する」「楽しくできるコミュニティが欲しい」「健康を保つ」という観点から、スポーツ・運動を捉えていくことも大切だと思いますね。

編集部 海外では、これらの捉え方はどうなっているのでしょうか?

中野教授 いろいろな競技が盛んなアメリカやヨーロッパでは、考え方がすごくしっかりしていますよね。レクリエーションは健康や今風に言えば「well-being(ウェルビーイング)」が目的であり、仲間と集うことによる心の充足の部分も大きい。「あそこに行けば、みんなに会える」のような。

日本では大人もそうですが、運動を通じた子供の集まる場所がどんどん減っていっているので、運動の価値そのものを変えていく必要があると思っています。

編集部 先ほど予算の話が少し出ました。競技スポーツに多く割り振っていて、子供の運動環境の整備、子供の運動をする気運の醸成など、見えにくい部分があると感じます。五輪の開催などを見ると、もう少し意義のある予算の使い方をしてもらいたいものです。

中野教授 一時の盛り上がりを得るために予算を投じることはあるのでしょうが、もう少しね…。そもそもお金をかければ勝てるというのは、もう競技ではないと思いますよ。

お金が絡むことで、選手たちが競技を始めた時の「勝った、負けた」といった感情とは違った形になっていると思いますし、楽しさよりも苦しさの方が勝ってしまっていることもあるのではないかと個人的には思います。

運動の概念が競技に偏れば偏るほど、運動をしたくない人は同じくらい増えていくんですね。日本はスポーツ大国ではないので、その点を考えながら構造自体も変えていかなければなりませんね。

編集部 競技には「勝利」も目的の一つになりますが、それを目的としない部活動があってもいいのではないでしょうか? 例えば、甲子園を目指すチーム、純粋に野球を楽しむチームと、同じ学校の中で2つ存在するような形で。

中野教授 まさにそうですね。私は部活動の地域移行に関する取り組みにもかかわっているのですが、いろいろな問題があって部を辞めてしまったけど、スポーツ・運動は続けたい。こういう人は多いと感じます。

彼らの受け皿ではないですけど、楽しむためのスポーツをする部活動があっても全然いいと思います。レベルや目的によって選択ができるような仕組みはあって然るべきですし、実際にそのような取り組みをする学校やチームはどんどん増えてきています。

そのために、指導者をどのように配置するか、暴力やハラスメントなどのない環境を作るにはどうすればいいか。これまで先延ばしにしてきた問題にも向き合っていかなければなりません。

編集部 問題というわけではないですが、子供の時にいろいろなスポーツ・運動ができる態勢づくりも必要ではないのでしょうか? 一人が複数の競技ができることで、本当に自分に合った競技が見つけられるなどメリットは多いと思っているんですが…。

中野教授 欧米では、それが基本になっていますよね。実は、私が子供たちや親御さんに話をさせていただく機会を得た時には「マルチスポーツ」を勧めています。下手でも雑でもいいので、いろいろな経験をさせましょうと。最も学ぶ力が高く、吸収も早い子供の時期に経験をすることはとても大きいです。

複数の競技(運動)をすることで、いろいろな体の使い方を覚えられますし、競技の異なる集団活動・生活に参加することで、自分と違う考えにも触れる機会が増えますからね。

残念ながら、いまだに多くの現場ではシングルスポーツに固執している感じなんですよね。その考えはもう古いんですけど…。

編集部 子供が運動をすることで得られる効果・メリットなど、今後の連載でどのようなことを伝えていただけるのか。最後に改めてお願いいたします。

中野教授 「子供の運動の価値は多様」。これを念頭に置いて活動をしています。もちろんいろいろな課題はありますけど、生活の部分や心身の変化、体力など運動をすることで得られる効果は一面だけでなはないことを伝えていきたいと思っています。

それらを一つ一つ解説しながら、多くの方に知っていただき、生活に役立ててもらえれば幸いです。

スポトリ

編集部