パリ五輪の開幕が近づき、各国代表選手は本番へ向けて調子を整えている。近年、プロ選手の参加、競技数や出場選手数(枠)の増加に伴って門戸が広がっている中、スポーツ大国・アメリカから〝らしい〟ニュースが飛び込んできた。

元NBA選手でビーチバレーに転向したチェイス・バディンガー(36歳)が、ペアを組むマイルス・エバンスとともにパリ五輪のアメリカ代表として出場することになった。

世界的に人気のあるビーチバレーとバスケットボール。「ジャンプする」「空中のボールを捉える」など共通点は多いものの、競技特性は異なる。ビーチは天候、踏ん張りの利かない砂の上でのプレーと条件が加わり、より過酷な競技といえよう。

バスケの最高峰でプレーした経験をもって、他競技に転向して再びトップレベルへと到達したバディンガー。そのキャリアは実に興味深い。

Who is バディンガー?

NBAで6シーズンプレーしたバディンガー

バディンガーは高校時代、バスケとバレーボールの二刀流で、ともに将来有望な選手として注目されていた。競技転向を図っても、成功する下地はあったわけだ。

バスケでは「マクドナルド・オールアメリカン(北米の優秀な選手を集めたオールスター戦。過去、NBAのスター選手も多数選出)」に選ばれ、のちに4度の得点王に輝くケヴィン・デュラントとともにMVPを受賞した。バレーでも、チームを3度の州王者へ導き、全米高校最優秀選手に選出されている。

アリゾナ大学へ進学する際にバスケを選択し、ここでも活躍を見せたバディンガーは、2009年ドラフト2巡目(全体44位)でデトロイト・ピストンズに指名されてNBA入り(その後、ヒューストン・ロケッツへトレード)。同期にはNBA4度制覇などリーグを代表する選手の一人、ステフィン・カリー(1巡目全体7位)、得点王3度のジェームズ・ハーデン(1巡目全体3位)らがいる。

ルーキーイヤーは74試合出場、1試合平均20分のプレー機会を得て、チームの中で奮闘した。その後、3チームを渡り歩き、最後はスペインでプレー。ビーチに専念するため、2017年でバスケに区切りをつけた。バディンガーは、プロ7シーズンで407試合出場、1試合平均7.9得点、3リバウンドの成績を残している。

3Pシュート成功率が高く、チームを支えるロールプレーヤーの立ち位置ながら、2012年にはオールスターのスラムダンクコンテストに出場。マルチスポーツで培われたバディンガーの「跳躍力」は、超人ぞろいのNBAでも認められていたことになる。

2018年からビーチに本格参戦し、5人とペアを組んで高みを目指していたが、なかなか結果が伴わなかった。2023年にエバンスとペアを結成してから成績は急上昇し、競技転向から6年で五輪への出場権を獲得した。

バディンガーは転向直後、「バスケでどこまで行けるか試してみたかった。心の奥では、いつでもバレーに戻れると思っていたんだ。バスケの後はビーチをすると決めていたので、できれば代表になりたいね」と話しており、計画通りに事が運んでいる。

ちなみに、経歴はバディンガーと逆になるが、ロサンゼルス・レイカーズで優勝を経験するなど12年間NBAでプレーしたキース・エリクソンは、プロ在籍前の1964年東京五輪にバレーボールのアメリカ代表で出場している。

プロから他競技転向→五輪出場(北米限定)は? 輝かしい五輪実績誇るNFL選手

バディンガーの偉業から、「プロ在籍後、他競技に転向して五輪へ出場した選手はいるのか(北米4大プロスポーツ限定)」ということに興味が沸いたので調べてみた。だが、同様のキャリアをたどる選手は見当たらなかった。

それでは、条件を少し変え、「プロ在籍中に他競技で五輪出場を果たした選手」に絞ると存在する。これもすごいことだが…。いずれもNFL選手。シーズン開幕が夏季五輪後、プレーオフを逃したチームは1月からオフに入るので冬季五輪に十分間に合うといったNFLのレギュレーションから、他の北米プロスポーツとは異なった背景もあるだろう。

大学史上に残る名選手だったウォーカー

まずは、ハーシェル・ウォーカー。ハイズマン賞(大学MVP)を受賞した実力の持ち主で、4×100mリレーの五輪代表候補になるほどのスプリンターだった。ウォーカーは、1983年にUSFLのニュージャージー・ジェネラルズ入り。リーグトップのランニングバック(RB)として活躍したが、USFLの運営悪化(後に消滅→復活)により1985年NFLドラフト5巡目でダラス・カウボーイズに入団する。

カウボーイズでもエースRBを務め、プロボウル(オールスター)選出など華々しい活躍を見せた。大型トレードでミネソタ・バイキングスへ移籍後、1992年オフに開催されたアルベールビル五輪に2人乗りボブスレーのアメリカ代表で出場。自慢の脚力は不発に終わり、7位に終わった。

1996年まで現役を続け、いくつかの部門で歴代上位の記録を残している。引退後、旧知のドナルド・トランプ前大統領(当時は実業家)が企画したビジネスバトル番組に出演した過去があり、見せ場もなく退場したのはご愛嬌。

ペイトリオッツ王朝の一員だったエブナー

次に、ネイト・エブナー。2012年NFLドラフト6巡目(全体197位)でニューイングランド・ペイトリオッツに指名されてプロ入り。2010年代に黄金期を築いたチームにあって、守備で貢献した。もともとはプロラグビー選手を目指していた。

2016年オフ、夏に開催されるリオデジャネイロ五輪の7人制ラグビーに挑戦する意思を表明し、代表チームのトライアウト・セレクションに参加。見事代表をつかみ取り、五輪出場を果たした。チームは9位でフィニッシュした。2021年東京五輪の代表メンバーにも名を連ねていたが、直前に負ったケガにより出場はかなわなかった。

さらに条件を変えて、「プロ在籍前に他競技で五輪出場した選手」はどうか。これは、縛りがなくなるので枚挙にいとまがない。それこそ、メダルを獲得してプロ入り後も一線級の活躍をした選手もいる。前述した背景からNFL選手が目立つ。

先頭でゴールするヘイズ(ゼッケン702)

その中で、伝説的なのがボブ・ヘイズだ。1964年東京五輪100m、4×100mリレーで金メダルを獲得後、カウボーイズに入団。快速ワイドレシーバー(WR)として鳴らし、プロボウル選出、スーパーボウル(SB)制覇と輝かしい成績を収めた。金メダルとSBリングを持つ唯一の存在で、殿堂入りも果たしている。いにしえの出来事なので、時代や背景が全く違う現在でも同じことが起きるかというと考えづらい…。

先に挙げた選手たちの活躍は当然素晴らしいが、厳密にいえば、スプリント能力はアメフト選手の必須能力で、短距離系種目の多い五輪とは相性がいい。ルールは違えど、ラグビーとアメフトは競技特性も似通る。つまり、日ごろのプレーの延長線上にある競技で五輪出場を果たしている点で、バディンガーとは異なるベクトルではある。それでも、「NFL選手の潜在能力恐るべし」といったところだ。

スポーツ選手は、ある程度キャリアを重ねれば、肉体のピークを迎える(一般的には)。その後、他競技に転向するにしても下り坂になり、かなり困難な挑戦になる。モチベーションの維持も大変。過去に競技歴があったとはいえ、前例のないバディンガーのキャリアは驚異的といえる。

スポトリ

Kiyohiro Shimano(編集部、ISSN-SNS:スポーツニュートリションスペシャリスト)